第一診察

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 先生が患者と接触するときから、人々が自宅に引きこもった後の静かな夜道を歩くときまで、私は先生の側に仕えもしもの事態に備えている。人間は患者となった時点で病と同時に不安を抱えている。特にうちは、子供の発熱から人為的な事故による怪我の治療、さらに常識では考えづらい所謂「怪奇現象」の解決も取り扱う病院である。  全員が全員ではないだろうけれど、人間は突然の雨だけでさえ静かにパニックに陥るというのに、怪奇現象に悩まされている患者など情緒不安定になっている場合がほとんどだ。こちらの常識では計れないところで激昂したり、極端に落胆したりしてしまう。そんな彼らは何をしでかすかわからない。感極まって暴れ出した患者を取り押さえた件もあった。  時間帯が昼であれ夜であれ、診察を終えてこの建物から出て行く患者はその姿が見えなくなるまで見送る。いや、この場合は警戒すると言う方が正しいだろう。  私には先生と、先生を守る武器さえあればいい。そんなことを思いながら、入り口からまっすぐに伸びる廊下を早足に進んだ。  突き当たりの部屋はこの建物の聖域、診察室。ノックして入ると、先生が椅子に座ったままゆっくりと伸びをしていた。その手を膝に下ろして、患者の見送りに対して礼を言ってくれる。患者の見送り程度、私にとって安いこと。
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