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日付を跨いで翌日の午後三時、予約が入っていた診察を全て終えた先生と薬局に行くことになった。昼間から先生が出歩くなんて、稀である。
昨晩の役人患者を見送った時にさらされた、湿った肌寒い空気に比べて、今日は曇りではあるものの日が出ている分いくらか過ごしやすい。
活気のある市場を外れて、喧騒が遠く遠く聞こえるようになったところにそれはある。
『白百合薬局』患者に処方する薬を買うその度、先生はここを利用した。
私の前を歩いていた先生が扉を開ける。すると瞬間、花の蜜のような匂いが香った。市場で花屋の屋台のそばを通る時よりもずっと濃厚なユリの香りに頭を打たれる。たまったものではない。
金と派手な色合いを基調とした極彩色の視界に思わず気が滅入る。高値がつきそうな家具で満たされた室内。家具屋と言っても見紛うほど 患者のツテで運良くガラス窓を手に入れるのがやっとだった私たちとは比べ物にならないくらい贅沢な生活をしていることがうかがえた。
部屋の中央に設けられたソファーでは、相変わらず信用ならない顔の男が湯気のたつ飲み物をすすりながら寛いでいるのだった。深く腰掛け足を組み、目線だけで見上げるようにこちらを見る。客を迎える態度ではない。
「ご機嫌麗しゅう。お待ちシておりましたよ。」
奴は…薬屋は、その肉付きの良い唇をティーカップから離すと、ところどころややぎこちないイントネーションでそう言った。
私はこの男のことが苦手だった。
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