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「きゃ、」
後ずさりのせいで身体の重心は後ろにかかっている。
――倒れる――!
このあと起こるだろう背中への衝撃に、ぎゅっと目を瞑った。
が、痛みは一向にやってこなかった。
背中にはレンガ敷の感触ではなく、温もり。
目を開けると、先程逸らしたはずのブルーの瞳が、そこにはあった。
「ふぅ、危なかった…」
背中に回る彼の腕に力がこもる。
「…あっ、ありがとうございます…!」
オリアナは青く透き通った瞳に一瞬見惚れてしまうも、慌てて腕から抜け出した。
「……」
また距離を取り直しオリアナは男に対峙したが、男は何か考え込む様子で彼女の顔をまじまじと見つめている。
「……」
「…あ…あの?」
「…ふぅん、なるほど」
何事か納得したように、顎に手を当てウンウン頷く。
「よくは解らないが、とりあえずそういうことか」
だ、大丈夫かこの人?
「…えっと?」
「ああ、ごめん。ケガがないなら良かったよ」
訝し気な目で見られていることにようやく気付いたのか、今更取り繕うように笑顔を見せてくる。それはそれは、美しい微笑みだった。
「じゃあ、『オリアナさん』、…いずれ、また」
謎の男はそう言って踵を返すと、優雅な足取りで大通りの人ごみに消えていった。
「…なんで、名前…、あ、そっか」
振り返るとそこには手書きの小さな看板。『Oriana Negozio di Fiori(Oriana’s Flower Shop)』と書いてあった。
もう一度大通りに目を向けたが、もうその後ろ姿は見えない。
「なんだったの、一体」
そういえば、何の心の準備もしないまま触れてしまったが、何も「見え」なかった。心を閉ざすのが上手くなったのか、それとも彼のガードが堅かったのか。
謎の質問といい少し引っかかるが、まあもう会うこともないだろう。
「さて、店じまい。雨降りそうだわ」
風はだんだんと強くなり、黒い雲も空に広がり出している。
オリアナは急いで店先の花を片付け始めた。
――あれ、そういえば。
『いずれ、また』って言ってなかった…?
デイジーのバケツを抱えたオリアナの肩に、ひとつめの雨粒が空から落ちた。
今夜は嵐になりそうだ。
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