麻婆アサリ

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麻婆アサリ

生憎の雨である。そんな大雨の日に外出をするなんてどうかと思ってはいるが、今日の義彦に関してはそんな事は口が裂けても言えない事である。 …そう、"妻の機嫌"のために。 「中華の口なのよ」 夜に、雑誌に載っていた中華料理店に行きたがっていた奏恵だが、これも生憎の大雨にも関わらず、"中華の口"とやらが収まらずにいた様子だった。しかしこの"中華の口"は思わぬアクシデントで思わぬ方向へ向かう事となる。 「ちょっと何よ、"店主の体調不良により休業"って。」 3時ぐらいに電話で状況を確認した時に、奏恵が一気に不機嫌になった。 まあ、しょうがないじゃないか。とも言いたくなるがこの手のお怒りは暫く置いておけば粗熱が取れる事を分かっている義彦は特に何も言う事は無い。 「いいじゃない、爺ちゃんがアサリをくれたんだから。」 雨が降っていない朝に、潮干狩りに行った爺ちゃんから貰ったアサリは、水の中に移し替えられて砂抜きの作業に入れられて数時間は経つ。 「アサリかー。」 アサリである。"アサリと言えばアサリとマッシュルームのクリームパスタよね"と奏恵は呟いた。職場のランチで食べに行って、"美味しかった"そうだ。 「でも私は今、"中華の口"なのよ。」 そんな事だろう、と義彦は推測していた。次に来る言葉も勿論の事に予測済みだ。
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