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七十五話 ミイナ ④
「ほらほら」
「どうしたんだい?」
迫り来る二本の刃。右から迫る一本を避けるために、左に動けば左から来たもう一本に襲われる。
「ちゃんと避けないと」
「痛い目見るよ?」
「うぐっ!!」
迫る一本が脇腹をかすめる。一本ですら対処するのに大変だったというのに、
「「こんな程度かい? 君の力は」」
二本の刃を、二人のマルクを相手にしないといけないなんて。
「どうだい? これが映し映すだけの鏡の力さ」
「映したものならなんでも映し出す。例え、それが人だろうとね」
マルクの周りに浮遊する二枚の鏡。あの鏡によってもう一人のマルクが出現した。
「ただ残念ながら鏡で映し出した方は完全じゃないんだよね」
「そう。僕は魔力がないからね。オリジナルの半分くらいしか力がないんだ」
「ん? 君がコピーだっけ?」
「あれ? 僕がオリジナルだったかな?」
「「ねえ、君はどっちがオリジナルだったか分かるかい?」」
くすくすと楽しそうに三文芝居に興じる二人のマルク。どっちがオリジナルだとかコピーだとかそんなの分からない。見た目では全く違いがないのだ。それに力も。魔力が片方は無いとか言っているが、魔法以外の力は同じ。身体能力も剣筋も同じで全く同じ人物が二人居るに等しい。
「分かりにくいね。何か目印をつけようか?」
「いや、止めておこう。わざわざ敵の為にそんなことしてやる必要ないさ」
「でも、そうでもしないと可哀想じゃないか」
「ああ、確かに。少しくらいハンデをあげないとね。まあ」
「「分かったところでどうにもならないだろうけどね」」
続く三文芝居。どっちがオリジナルだとかどうでもいい。分かったところで何か打てる手があるわけではない。だが、私の事などお構い無しに片方のマルクが自分の頬にピッと切り傷を作った。
「この傷がある僕がコピーだよ。僕は弱いからね。狙うなら僕からだよ」
「そうそう。魔力がなくて魔法を使えないからね。僕よりは弱い。でも、それ以外は同じなんだ。だから、」
「「僕は君より強いんだよね」」
再び迫り来る二本の刃と二人のマルク。さっきから防戦一方だったけど、今はそれどころじゃない。守れてすらいない。
「よく頑張るね。ナイフ一本で」
「防御だけはすごいね。でも、それじゃ勝てないよ」
左右同時、上下同時に襲い来る二つの攻撃。どちらかを避けようとするとどちらかが避けられない。二本の刃をいなした所でマルク本体からの攻撃が来る。
「おごっ! うっ…、くっ!」
剣をいなし、飛んできた拳を避けた所で襲って来た足に蹴り飛ばされる。何とか腕でガードし、後方へ蹴り飛ばされるもすぐに受身を取り体勢を立て直す。この間に詰めて来られてたらかなり厳しかったが、マルクはそんなことしなかった。蹴り飛ばされ、受身を取り立ち上がる私を悠々と眺めていた。
「あれ? あの黒いの出さないんだ?」
「影のことだね。きっと出せないんじゃない? 影纏い、だっけ? あの後から出てないから」
「ああ、身体能力が上がったあの魔法か。あれを使ってるから出せないんだね」
「「あっ、もしかして当てちゃった?」」
三文芝居にイライラする。だが、言っていることが合っていて何も言えない。マルクの言う通り、私の力じゃ自分の影を影纏いしてる時はそれ以外に影魔法は使えない。私が今出来る影魔法は影纏いと影を前方へ広げ盾とするぐらいだが、この二つを同時には使えない。
武神の影を纏わなければ、もう少し影を自由に使え戦法も広がる。だが、纏わずにマルクの速さについていくことはできない。
どうしたらいい? いや、どうするもこうするも迷える選択肢が無い。もう私にある手なんて……。
「それにしても、結構本気で蹴ったのに全然元気だね。何かショックだよ」
「直撃する前に少し後ろに跳んでたし、腕で防御もしてたから仕方ないさ」
「立ち上がるのもすごい早かったね。本当に防御だけはすごい。それだけなら一流だよ」
「「そう、それだけはね」」
二人のマルクがクスクス嘲笑う。力無き者を見下し嘲笑う。弱い弱いと。見下してるからさっきも詰めて来なかった。
遊んでいるのだ。人のことをまるでおもちゃの様に。ずっと続いている三文芝居もそうだ。こちらが苛つくのを知った上でやっている。
苛つき、力が入る。しかし、届かない。私の刃はあいつの命へ届かない。その圧倒的な実力差が絶望を生む。募る苛立ち。だが、それに比例する様に増す絶望。
心が壊れる。苛つくのにやり返せない。苛つく程絶望する。募る苛立ち増す絶望。そして、いつか苛立ちが絶望に変わり、私の心は絶望に染まる。
と、マルクは考えているのかもしれない。でも、
「……………………ふう」
そのお陰で肩の力が抜けた。マルクが本当に遊んでいるのか、それとも心理的に追い詰めるためなのかは分からないが、それは残念逆効果だ。
何故なら、私は知っている。そのウザさの数百倍ウザい、本気で人で遊び、心の底から愉快そうに人を笑う最低な人を。
そして、私は思い出した。ウザいけど、いつでも見守ってくれて、導いてくれる最高の師匠の顔を。
「あれ? なんだか顔が変わったね」
「そうだね。じゃあ、また変えてあげようか」
再び襲い来る二人のマルク。人で遊ぶような攻撃だが、その実力は偽物ではない。
二本の刃に二人のマルク。対する私は一人。右手に銀に輝くナイフを一本持つだけ。防戦一方でも守りきれない。数から言って無理がある。だから、もうこの手しかない。この戦いの直前、シオンさんに教えて貰ったこと。
影魔法ともう一つ。ずっと知らずに使っていたこれのこと。
「上手上手。でも、いつま、おっ」
繰り出されたマルクの刃をいなし、私は前へ出る。今までずっと防戦一方で、私に反撃されるなんて思ってなかったのかマルクの反応が遅れる。
いける。今こそ……、
「勇気あるね。でも、僕もいるんだよ」
踏み込んで、ナイフを繰り出す直前。斜め左から顔に傷があるマルクが私と無傷のマルクとの間に入る。そして、
「まあ、勇気と無謀は違うけど」
刃が胸を貫いた。
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