七十七話 シオン ③

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七十七話 シオン ③

 全てを焼き尽くそうと迫る光を影が包み込み押し潰す。  対象を刈り取ろうと忍び寄る影が光に照らされると消え去る。  光と影。ソーグラスとシオンが激突する。 「こんな教会壊していいのか、よっと」  ソーグラスの放つ光を避けつつ、影を放つシオン。二人がぶつかり合うことにより頑丈にできている教会も無惨な姿へと変わっていた。床は光線により抉られ壁も所々穴が空いている。 「あなたのせいでしょう? まったく。さっきから小賢しいですねえ。コソコソと忍び寄るような真似ばかりして」  そんなシオンの忍び寄る影を光で照らし消えさせ、下劣なものを見るような目で見下すソーグラス。 「悪いな。俺は卑怯者なもんでな。不意打ちに騙し討ち、卑怯な手しか使えねえんだよ。あっ、UFO」    明後日の方向を指差しつつ、細い一本の影をソーグラスに忍び寄らせるシオン。だが、その影も消える。   「チッ。ちょっとぐらい引っ掛かってくれてもいいだろぉ? 冗談の通じねえ男はモテねえぜ?」 「卑怯者よりはマシですよ」  返す言葉に返す攻撃。ソーグラスから放れる光線をシオンは影で受け止める。黒き影に白き光。対照的な色。魔法に人に。 「不思議な魔法を使いますね。足元から現れる黒きもの。影を操る魔法ですか」 「いいだろ? 影魔法って言うんだぜ。自分の影はもちろん他の影も何だって使い放題だ。あっ、欲しい?」 「要りませんね。お前みたいな者が持つそんな影など、光で全て掻き消されるだけの存在ですから」  影を、シオンを掻き消そうと放たれる光線。その光線に対しシオンは影を迎撃するように展開する。光と影がぶつかり合う、その直前に間に割って入った一枚の扉。 「消えろ」  そして、シオンの背後に開かれるもう一枚の扉。そこから襲いかかる光。だが、その光は影の背中を叩いただけだった。 「ざーんねん。こっちなんだなぁ」  もう一枚の扉から来る光に襲われる前に跳んでいたシオン。今度はこちらの番とでも言わんばかりに無数の細く鋭い影でソーグラスを狙う。 「……鬱陶しい」  だが、それもソーグラスが放つ眩き光の前で全て消されていく。 「本当に鬱陶しいですねあなたは。コソコソ狙いチョコマカ動き回りやがって。ああ、本当に……、うぜぇ」 「おう? なんか素が出てきてるぜ? いいのかよ神父様、化けの皮剥がれかけてんぜ?」 「……人を苛つかせることだけが取り柄のゴミが。さっさと、消えろ」  ソーグラスから放たれる光の熱量が増す。今までよりも多くの熱量を持った光線がシオンへ迫るが、それを影を広げて包み押し潰すシオン。  目の前で押し潰されて行く光と共に影が消える頃、シオンの眼前には一枚の扉だけがあった。 「あら、あん?」  そして、開いた扉。シオンへ向けて開かれた両開き扉の中から眩き光が襲いかかる。  それを再び展開した影で受け止めたシオン。何とも単調な攻撃。扉を通じて襲いかかる光は何度も見た。二枚の扉の内、一枚から入ってもう一枚から出る。今まで何度も、もう一枚の扉とソーグラスはどこだ? 「おっとぅ! ビビったビビった!!」 「チッ……」  前方からの光を受け止めていたシオンの背後から襲いかかるソーグラス。手には鋭く輝く光の刃があり、それがシオン目掛けて振るわれたが、避けられる。 「扉で自分ごと移動してるなんてなぁ。今まで全然動かなかったのに急にアクティブになってきたな。どういう心境の変化ですかぁ?」 「……黙れ」  シオンに避けられた後も、逃しはしないと言うように光の刃を振るうソーグラス。だが、それもシオンに全て避けられ、距離を取られてしまう。 「……チッ。ああもううっぜぇうっぜぇ。何なんだてめえはよぉ? ニヤニヤニヤニヤしやがって。キモいんだよその顔があ!」 「あらら、完全に剥がれちゃったな。それでいいのか不良神父?」 「黙れぇ!! うっぜぇんだよてめえ!! さっさと死ねや!」 「おお怖」  シオンの態度に化けの皮が剥がれたソーグラス。先程までの落ち着きなど影もなく、目を見開き白き歯を噛み締め激昂する。  ソーグラスは両手から光の刃を精製し、振るう。先程まで光線として放たれシオンを襲っていたものが今度は刃となって襲う。  振るう度に空気を焼くその刃がシオンを狙う。ソーグラスの体術も中々のものだった。だが、中々程度では影を捉えることなど出来ない。  飄々と楽にソーグラスの連撃を躱すシオン。口笛でも吹くかのように楽々と躱し、おかえしとばかりに影を放つ。 「チィッ!! さっきからうぜぇんだよ! こんなひょろい影なんかが、なっ……!?」  シュッと一本の細い影が放たれる。先程から何度も見た光景。シオンから細い影が放たれ、それはソーグラスの光の前で消える。何度も見た光景だが、今広がる光景は今までとは違った。 「な、なにっ……!? 何故消えなかった……?」  細い影は光に掻き消せることなく、ソーグラスの脇腹をかすめ、服を赤く染めていた。 「あらら残念。貫いてやろうと思ったのに。避けんなよなぁ〜」  ニヤニヤと笑うシオン。対する、ソーグラスは頭の中が混乱してそれが表情にも出ていた。今までは光の前に消えていた影。それが今は消えなかった。自身の光が弱かった訳でもなく、向こうの影が今までより強かったという感じもない。何故だ。何故消えなかった。  そして、そんなソーグラスの顔を見て、更にニヤリと笑みを深め楽しそうに口を開くシオン。 「影はな、影魔法に使われた時点で新たな時を記すこともなく、過去に戻ることもなく不変のものとなるんだよ。その影を変えたいなら影魔法を使うか、バハムートさんみたいな出鱈目な火力が必要なんだよ。お前のあの光程度じゃどう頑張っても無理」 「なに、? さっきまでは掻き消していたはず」 「掻き消した? お前の光が? 違う違う。あれは俺が消してたの」 「お前が……?」 「そっ。光が当たる直前に俺が影を消してた。そうすりゃ、誰かさんみたいに勘違いしてくれるだろうからな。誰かは知らねえけど」  影をシュッと出し、シュッと消すシオン。得意気に、自慢気にニヤニヤニヤニヤ楽しそうに何度も影を出しては消して出しては消すシオン。  愕然とするソーグラス。だが、楽しそうにニヤニヤニヤニヤ影で遊ぶシオンがその遊びに熱中してきたのか自分を視界から外したのを見逃さなかった。  その絶好の好機に放たれるソーグラスの切り札。 「ハハハ! 油断したなぁ!! 誰が扉は一組しか出せないと言った! いくらでも出せるんだよこんな風にな!」  シオンの一瞬の隙を突き、シオンの全方位を覆い尽くす様に扉を出現させる。上、下、左、右、斜めの方向まで全てを一切の逃げ場など無くぐるりとシオンを覆う扉。そして、 「死ねえぇあ!! クソ影野郎ぉぉぉ!!!」  放たれるいくつもの光。シオンの周りを覆う扉と対になる扉達を自身の目の前に展開し、その開いた扉へ向けソーグラスは光線を狂ったように放ち続ける。 「アハハハハハハァ!!! 死ね死ね死ね死ね死ねぇぇ!!!」  ひたすら光線を放ち続ける。放たれた光線は扉を通じあの扉で半球状に覆われた中にいるシオンを襲う。放たれ扉の中へ消えて行く光線。ソーグラス側からあの扉の中がどうなっているのか分からないがあの中へ通じているのは確か。シオンがあの中から脱出した様子もなくただひたすら魔力が無くなるまで放ち続けた。 「ハァハァ、ハァ、ハァ……。……ククッ。クフフフッ。やった。やったぞ! 死にやがったぜあのクソ野郎!!」  光線を放ち続け魔力が無くなったソーグラス。物音一つしない静まり返った教会内で勝利を確信する。  あれだけの光線から生き残れるはずがない。やつはあの中から外へは出ていない。ソーグラスが勝利を確信する材料には十分だった。    だが、それだけではシオンには不十分だったようで。 「残念だったな神父様。この程度じゃ死のうと思っても死ねねえんだよ」  半球状に覆う扉達は全て影に飲み込まれて消えてしまった。 「なっ……! な、何故だあぁ!! 何故生きている!!?」 「何故何故ってお前少しは自分で考えろよ。って前も言ったなこれ」  影に飲み込まれて消えた扉達の中から傷一つないシオンが現れる。手に小さな黒い球を持ち、いつもと同じくヘラヘラニヤニヤとした無傷のシオンが。 「あれだけの……、あれだけの攻撃をくらって生きているはずがない!!」 「あん? じゃあ、俺もう死んでのか? いつの間に死んだんだ俺。死ねねえのに」  声を張り上げるソーグラスに対し、ニヤニヤヘラヘラと茶化すシオン。 「てめぇ…………!」 「うん? あっ、そうだ。いらねぇし返すわこれ」  そう言うと、シオンは手に持っていた黒い球をソーグラスへ向け捨てる。捨てられた球は宙を舞い、そして、炸裂する。 「は、うぐああああぁぁぁ!!!」  黒い球の中から炸裂したのは眩き光の線。飛び出した光線は勢いよく四方八方へと教会内を暴れ回る。光により襲われ、壊れていく教会。そして、その中にいる神父もまたかつての自分の光に襲われる。 「ふーん。光を出して、やって来る光を相殺し致命傷は防いだか。良かったな。致命傷は防げたな。致命傷は」  わずかに残った魔力を振り絞り光を出すことで襲い来る光から身を守ったソーグラス。シオンの言う通り致命傷は何とか避けていたが、多くの傷を負い、その一つ一つが深い。今すぐ死にはせずとも簡単に死ねる程の重症。もうソーグラスに力は残っていなかった。 「じゃ、次のこれも頑張って耐えろよ。ほら、襲って来たぜ神が」  そして、崩れ落ちる教会。壁が、天井が、十字架が。教会が、神がソーグラスへと襲いかかる。 「…………神よ。また一人彷徨える子羊をあなたの元へと導きました。彼に神のご加護があらんことを」  意味も知らない子供が大人の真似をするように祈る。決して届かぬ無意味な祈り。だが、その祈りが神に届いたのか思わぬ幸運が訪れる。 「あっけないですねぇ。ってか。ま、楽しめたぜ、神父様。これ少ねえけど。ありがとな」  足元へ転がってきた幸運を拾い上げ、ピンと指で弾く。赤く塗れながらも金に輝くコインが地面に落ちて音を立てる頃、崩れ落ち静まり返った教会に影はもうなかった。
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