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七十九話 ミイナ ⑦
「君が勝つ? 神器の力で調子に乗ってるだけの君が?」
「……そうですね。じゃあ、これで」
両手に持っていたナイフを腰へ下げる。そして、代わりに影でマルクの持つ剣と同じ物を作成し手に。
「……何をしている?」
「これで対等ですよね。あなたと同じ剣です。ナイフは使いません」
「……馬鹿にしやがって」
「馬鹿になんてしてません。本気で私があなたを倒すんです」
これで決着を付ける。マルクに勝つのは私。私の力によって勝つ。
「ハハハ!! どうしたこの程度か!? この程度で僕に勝つ気だったかのか!? 馬鹿な奴め!!」
マルクの猛攻が始まる。高揚した精神を表すかのように繰り出される連撃。強く、速く、えぐるように。嗜虐の心が込められた攻撃。
「……ええ、本当に。本当に私は馬鹿な奴です」
だが、この程度の攻撃では私を倒すことなど出来ない。
「自分のちっぽけな心に振り回され、師の教えを忘れていた馬鹿な奴です」
マルクの突きを避け、一歩踏み込んだ所へ繰り出された拳をいなす。それにより少し体勢が崩れたマルクの不安定な足元を払う。
足を払われ、崩れたマルクは地面に受身も取らず倒れ込んだ。
「なあっ! クソがああああああぁぁ!!!」
この好機に攻めこもうとするが倒れながらも刺突を繰出され致命傷を与えることは出来なかった。だが、無傷で済む訳もない。左手を頂いていこう。
「クソ、クソ、クソがあぁ!! よくも僕の手をぉ!! 殺す! 殺す殺す殺す!!!」
怒れるマルクが繰り出した対の鏡。それも一組だけではない。
「鏡はいくらでも出せるのを知っていたか!? そして、その鏡全てが映し、映し出す! こんなふうに!!」
鏡達が光る。映したものを映し出す為に。そして、現れる。映された者達が。
「ゥハハハハァ! これでもまだ僕に勝てると言うのかい!? ミイナァ!」
全ての鏡が同じ者を映し出す。そう、マルク=ブラウンを。
「……マルクが十人。数はすごいですけど、みな傷付いてるじゃないですか」
マルクが一人から十人に増えたが、その全てが左手が無い。先程の一撃で左手は消し飛ばした。剣を突き刺し、そこから光を放って。
「だからなんだ! 多少傷付いてようとこの数相手に勝てるとでも思っているのか!? 無理に決まっている! 大人しく死ね!!」
迫る十人のマルク。手負いとは言えこの数を相手にして囲まれでもしたら勝ち目がない。だから、
「はっ! 気が狂ったか!? 突っ込んで来るなんて!」
迫るマルク達に対し、私も突っ込んで行く。全速力で突っ込む。でも、真っ直ぐ行くだけじゃただの特攻だ。これじゃいけない。真っ直ぐじゃなくて、ジグザグ行こう。
「死っ……、なに!? 消え、ぐあっ!!」
まずは一人。急所を貫き、その後すぐに引っこ抜き、走り出す。貫かれたマルクは消えた。当てたのは分身の一人。
一撃入れてすぐに走り出す。止まることなくずっと全速力で。相手の死角を取り、捕捉されず止まることなく動き続けること。これが対複数戦闘の基本。
「ちょこまかと……、おい! 邪魔、だっ……」
二人目。同一人物とは言え、マルク達は情報や感覚の共有は出来ないようだ。一人のマルクを障害物となるよう位置を取り、別のマルクの死角とする。そして、一撃入れ、走り出しまた死角を作り一撃を。その繰り返し。
「クソッ……! おい、何遊んでんだ! 相手は一人だぞ!? 簡単に捉えられるだろうが!?」
そんな訳ない。そう簡単に捉えられるものか。今の私はマルクと同じ身体能力がある。そして、普通に走っているだけじゃない。相手の予想外を行き、幽霊の様に歩く歩行技術「幽歩」。完全なる幽歩はまだ出来なくとも、高速にジグザグに走り、障害物も多い今なら本当に幽霊の様になれる。捉えることなど出来やしない。
一人、二人、三人……、一撃入れては走り、入れては走り。止まることなく、捉えられることなく走り続け、ついに……、
「ハァハァ、ハァハァ……。……ふぅ。これもハズレ。運がいいですね。最後まで残るなんて」
走り続けた足を止める。乱れた息を整える。
「これでまた振り出しですね。でも、もう鏡を出せる程の魔力もないでしょ。降参でもしたらどうですか?」
最後に残った本物のマルクと再び対峙した。
「ふ、ふざけるな! 降参だと!? お前ごときに!? 馬鹿が!! 今すぐその減らず口を止めてやるよ! 死ねえぇ!!!」
激昂したマルクの猛攻。一撃一撃が早く重みもある。途切れることのない連続攻撃。
だが、この程度で私を仕留められると思うな。私は今までずっとこれよりすごい攻撃を受けて来たんだから。
「この、くそっ、ゴミがぁ!! しねっ、ぐおぁっ……! ごぐはっ!」
マルクの連撃をいなし、空いた腹へ拳をめり込ませる。更に、止まったところへ回し蹴りを浴びせ蹴り飛ばす。今度は私の番。
「攻撃はいいですけど防御は下手! 戦いにおいて一番大事な事が疎かです!!」
蹴り飛ばされ、起き上がったところを追撃する。今度は私から攻撃する番。武器で突き、拳を繰り出し、足で払う。
立ち上がりよろめくマルクは防御に徹するが、その程度の防御で防げるとでも思うのか。基礎の基礎すら成ってないそんなもので。
戦闘において重要なのは身を守ること。自分に不利な状況から逃げ、相手の攻撃を避け、自身の身を守る。
それが出来てなければ勝てない。致命傷とはならなくても傷は増えていく。その傷の積み重ねが動きを鈍らせ、致命傷へと至るのだ。
一突きすればすぐに腕を戻す。攻撃していても常に防御を忘れない。いや、防御をしながら攻撃をしているだけだ。常に身を守ることを考える。だから、そんな苦し紛れの攻撃は効かない。
苦し紛れに繰り出された剣を避ける。そんな攻撃が当たるものか。それに逆効果。体勢の悪い状態で繰り出した攻撃は避ければ自分のピンチを招くだけだ。
剣を上段に構える。この一撃で決める。
「三の太刀『雷』!」
上段から肩目掛けて振り下ろす。剣を横に寝かせ受け止め様とするマルク。だが、そんな下手な防御で受け止められる訳がない。それに、そもそもそれではこの技にかすりもしない。
「なっ、ごはぁっ!!」
振り下ろした剣がマルクの脇腹を叩き、吹っ飛ばす。私が知る唯一の攻撃技。振り下ろす最中に軌道を変える「三の太刀『雷』」。刺突用の剣だから斬れはしなくとも無防備な所を思いっ切り叩かれれば大ダメージとなるだろう。
吹っ飛ばされて起き上がれないマルク。今まで倒されたことなんてなかったのだろう。受身も取らず、ただ呻ているだけ。
それに向かって一歩、また一歩と近付き、そして
「あなたの負けです」
仰向けに倒れるマルクの喉へ切っ先を突きつけた。
「ごほっごはっ、…………ぼくの、僕の負け……? は、はは。ははは。これは夢か。ああ、夢だな……ははは…」
仰向けに天を仰ぐマルク。負けを認め、
「は、あ、な何が僕の負けだ! お前ごときに僕ぐあっ!」
「悪あがきはよして下さい。あなたの負けです」
倒れた状態から腕だけで突きを繰り出す。それを避け、右手を突き刺し武器を手から離させる。
「ぐっうう、借り物の力のくせにっ……! 僕の力を勝手に借りて勝っただけのくせにっ……!」
「……そうですね。私の力なんて高が知れてますから。あなたの力も借りましたし、師匠の力も借りました。でも、私の勝ちです」
最早マルクに反撃する手段は残っていない。魔力は無くなり、武器は失い、両の腕は使い物にならない。負けを認めろ。
「ぐっ、が、はっ。は、はは。僕を殺せて満足か……? お前は僕と同じだ。僕と同じ様な境遇を辿り、誰かを殺すことしか考えていない。ふ、ふふ。お前の目的は僕だ。その僕を殺した後、目的の無くなったお前はただの殺人鬼となるだろうっ……!」
理想の無い殺人鬼に、理想のある殺人鬼。この二つは違うのだろうか。私には同じにしか聞こえない。
「……命乞いですか?」
「ハッ……! 馬鹿がっ……! 可哀想な奴だと言っているんだ。お前は僕と同じだが、一つ違うことがある。理想だよっ……! お前は何も理想を持っていない! ただの哀れな殺人鬼だ!」
フハハハッ……!と笑うマルク。自分が死のうとも私が不幸になることが嬉しいとでも言うように。
「……言いたいことはそれだけですか?」
だが、そんな言葉何も響かない。
「あなたの言ってることはだいたい合ってます。でも、間違ってることもあります」
マルクの言う通り私には理想なんてない。敵だと認識すれば殺すことに躊躇もしなくなった。それは合っている。でも、私は可哀想でも殺人鬼でもない。
「誰があなたを殺すと言いました? 誰があなたに死を与えてくれると言いました?」
「な、なに……?」
「さっきも話しましたけど、影は全てを過去を記録していて、これからの未来も記録していくものです。影はその人の全て。過去も未来もその人とずっと一緒に歩んで行く存在。……その存在が無くなったとすれば?」
全てのものは影を持つ。過去を記録し、未来を書き記す為に。過去も未来も全て影があるから存在出来る。そんな影が、過去も未来も持たないものはいったいどうなるのだろう。さっきいったいどうなっただろう。
「過去も無く、未来を記録することも出来ない。そんなものが存在出来ると思いますか?」
「や、やめろっ!!」
「お前には死すら与えない。影を喰われてただただ消えろ」
私の腕に黒き影が集まる。それは影を喰らう影。
「喰らえ、影よ。救い無き者の影を!影を喰らいし影!!」
「ああああああぁぁぁっ!」
影が影を喰らう。大口を開けた私の影がマルクの影を。喰らい、貪り、飲み込んでいく。一片の欠片すらも残さぬ様に。
爆発した怒りを、絶たれた未来の無念を、絶望に打ちひしがれる無力さを。そして、自分を支えてくれた師達への思いを。全てを込め、全てを喰らい尽くす。
「私はあなたと同じにも殺人鬼にもならない。私には師匠達がいる。私を鍛えてくれて、導いてくれて、助けてくれる最高の師匠達が。私は最高に恵まれているんだ」
夕陽が辺りを照らす。えぐれた床に、散らばる石片。そして、背後に映る大きな影。それに目を落とし、前を向く。
夕陽が映す影は一つしかなかった。
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