第十二章 施術

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 私と瀬木は、亜希を処置室に残し、いったん廊下に出た。 「大成功だったな」  瀬木は感慨深げな様子だったが、私は何も答えなかった。  ただ歩くスピードを速めた。 「今日、この後の処置は、瀬木にお願いしていい?」  私は歩きながら、手袋を外し、施術着を脱いだ。 「僕が?」  瀬木は成功の余韻に浸らない私を、不思議そうな顔で見た。 「医者なんだから、当然でしょ」  瀬木は困惑気味だったが、手も足も震えていなかった。彼の憑き物も取れたようだった。もう大丈夫だろう。 「私はこれから、行かなきゃいけないとこがあるから」 「どこへ?」  それには答えず、廊下を走った。自分のスタジオで着替えを終え、再び廊下を抜けた。  クリニックの玄関口の靴入れからシューズを取り出し、座り込んだ。  その様子を後方から、瀬木は黙って見ていた。 「あ……」  シューズに足を入れてから、気が付いた。 「何、どうした?」  瀬木が私の背後から顔を覗かせる。 「傘、スタジオに忘れちゃった……」 「何言ってんだ」 「え?」 「もう晴れてるよ」  瀬木は入り口まで歩き、扉を勢いよく開けた。  入り口から差し込む光に、私たちは晒された。院内の暗さで気が付かなかったが、  いつの間にか雨は止み、黒々とした雲は跡形もなく消え去っていたようだった。 「帰ってきたら……。その……また、一緒にやるだろ?」  瀬木は頭を掻きながら、私を見た。 「当たり前でしょ」  私はシューズの紐をしっかりと結んだ。 「一生、彫師でやっていくんだから」  満面の笑みでそう答えると、瀬木は照れ臭そうに口元を緩ませた。 「……気を付けてな」    玄関から外へ、一歩踏み出した。  柔らかな日の光が、クリニックの外観を包み込んでいる。  私は走り出した。  季節はずれの暖かさは、どこまでも、どこまでも、走る私を照らした。  行く場所は分かっている。橋はもう架かったのだから。
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