第二章 彫師

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「だから私も超不器用です」 「不器用か……」 「はい」 「……でもね。でも、やっぱり考えることがあるんですよ」 「何をですか?」 「もし、もし……俺が器用だったら、息子もグレなくて……バイクにも……」  そこまで言って、男性客は声を詰まらせてしまった。  私は掛けてあげる言葉が見つからなかった。  男性客の背中は震え始めた。私はマシンを止めた。 「休憩しましょうか」  私は脇腹からにじみ出るインクを、優しく拭いた。  施術は約三時間ほどで終わった。  男性客には鏡で、脇腹を飾るタトゥーを確認してもらった。デザインは息子さんの遺品の中から選ばれたものだった。死と再生を表し、永遠を象徴する竜を模した生き物、ウロボロスである。その二匹が絡み合い、メビウスの輪を作っていた。  男性客はデザインに納得したようだった。しばらく間を置いて、完成したデザインの写真撮影を行った。この写真は私の実績となり、新規で来るお客さんへの参考資料として活用される。  その後は、ガーゼで施術部分を保護し、アフターケアの説明を行った。  男性客は左の脇腹を軽く手で押さえながら、「息子と一緒に生きていくんで」と、丁寧にお辞儀をして帰っていった。
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