第二章 彫師

5/5
前へ
/70ページ
次へ
 その男性客と入れ替わるように、別の男性客が入ってきた。スーツを着た真面目そうな男性だった。  知らない顔だった。今日は新規の予約もない。だが見知らぬお客が、突然このお店に入ってくることは、まずあり得ないことだった。  私がこの業界に入ったのは八年前。独立してタトゥースタジオを開業したのが半年前のことだ。ホームページもなく、お客のほとんどが知り合いか、その紹介に限っていた。  今使っているスタジオもマンションの一室を改装したもので、小規模で看板も掲げていない。新規のお客が飛び込みで訪れるはずがないのだ。 「どうも、先日は……」  玄関口に立っている男は私を見るなり、頭を下げた。  そして、手にしていた袋から菓子折りを取り出した。 「これは、ほんのお詫びにと、思いまして……」  男の顔をよく見て思い出した。 「あー! セクハラ野郎!」
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加