第一章 姉

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 隣の席の男が突如、私の右手を撫で回してきた。男は私の手を抑え込み、もう片方の手で、何度も何度も触れてくる。なんて客層の悪いバーなのだろうか。話しかけることもなく、口説き文句もなく、この行動である。  男は興奮しているのか、目を見開き鼻息を立てていた。行動はさらにエスカレートし、今度は、私の長袖と手首の隙間に指を滑り込ませてきた。私はあえて何も言わなかった。そのうち気付くだろうと思ったからだ。  手首から腕にかけて、男の指が入り込み、袖がスルスルとまくられていく。露わになったのは私の右腕のタトゥーだった。波打つ海上に天使が舞う幻想的なデザインが腕一面に刻まれている。  普段、絡んでくる男がいても、これを見ると大抵は尻込みする。しかしこの男は違った。タトゥーに構うことなく手を這わせ、顔をニヤつかせてくるのだ。  さすがの私も手を振り払い、バーの女性マスターに言いつけることにした。 「ちょっと、あの……。このお客さんがセクハラしてきます!」  何の返答もなかった。 「ちょっとー」  カウンターしかない、こぢんまりとした店内。あたりを見渡すと、私とセクハラ客の二人しかいなかった。マスターの姿も見えない。
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