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しつこく私の手に触れようとする男を払いのけ、グラスを持ち、席を離した。
やがて、階段を下り、地下の店内へと戻ってくるマスターの姿が見えた。帰り際のお客を、地上に出て、見送っていたようだった。
マスターは無表情でカウンターに戻ると、空いたカクテルグラスを片付け始め、テーブルに残る水滴の輪を丁寧にふき取った。
「あのね、あの客、セクハラしてくるんだけど」
私はマスターに小声で言いつつ、一番奥で酩酊している例の男を指さした。
しかしマスターは何も言わず、グラスを洗うだけだった。
「ここ、客層悪いよ」
私がそう指摘すると、マスターはじろりと私の右腕を見ながら、「あんたが一番悪いんじゃない」と、手厳しい言葉を返してきた。私は慌てて、まくられた袖を元に戻した。
「せっかく指摘してあげてるのにさ……。あの人誰? 常連?」
「誰だっていいでしょ」
「感じ悪いね」
「文句があるなら、あんたが帰って」
「ひどっ……。私、被害者なのに」
「黙って被害に遭うような性格でもないくせに」
「お客に向かって、その態度はどういうわけ!?」
「うちの店はタトゥー禁止だから、出てってくれないかなぁ」
「そんなバー聞いたことない!」
「とにかく禁止だから」
「じゃあ、ついでに妹禁止にでもしとけば」
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