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バーのマスター、いや……私の姉は何も答えず、グラスを丁寧に洗い続けている。
「身内が店に来ようと、態度を崩さず接客するのがプロじゃないの? 公私混同はプロ失格だと思うけど」
「対応してるけど」
「してないね。逆に私はお客のプロという立場で、ここに来てますから」
「はいはい。では今日は何のご用でしょうか? お客様」
ここからがようやく本題だった。
「さっきも聞いたけど、母さんの容態を聞きたくて」
姉はため息をついた。
「それこそ、公私混同だわ……」
姉は洗い物を終え、カウンター裏へ引っ込もうとした。
「ちょっと、姉ちゃん!」
姉は立ち止まり、もう一度ため息をつき、私を見た。
「……。真奈が何でそのこと知ってるわけ?」
「幼馴染の亜希から、連絡があってさ。覚えてるでしょ」
「あの隣の家の子ね」
「今度、東京に出て来るみたいで、連絡くれてさ。うちの母さん入院したって……」
「余計なことを……」
「何言ってんの!」
「真奈に知る権利なんかない」
「そんな……」
「何年連絡取ってなかったと思ってるの?」
「……。五年くらい……?」
「八年だよ! 失踪者でも七年経ったら死亡扱いなんだから。今日だって急に店に来てさ……」
「連絡したかったんだけど……」
「まぁ、そんな商売してちゃ、無理だもんね」と言いながら、姉は私の全身を見渡す。
「そりゃ、特殊な仕事だけどさ……」
「そんな身体で帰らないでよ。お母さんの体調ますます悪くなるから」
「分かってるよ……」
母親の性格は私も良く分かっている。何の説明もないまま娘がタトゥーだらけで戻ってくれば、病状によっては、本当に万が一ということもある。
迂闊に連絡することはできないだろうし、会いに行くこともできない。
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