第一章 姉

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 バーのマスター、いや……私の姉は何も答えず、グラスを丁寧に洗い続けている。 「身内が店に来ようと、態度を崩さず接客するのがプロじゃないの? 公私混同はプロ失格だと思うけど」 「対応してるけど」 「してないね。逆に私はお客のプロという立場で、ここに来てますから」 「はいはい。では今日は何のご用でしょうか? お客様」  ここからがようやく本題だった。 「さっきも聞いたけど、母さんの容態を聞きたくて」  姉はため息をついた。 「それこそ、公私混同だわ……」  姉は洗い物を終え、カウンター裏へ引っ込もうとした。 「ちょっと、姉ちゃん!」  姉は立ち止まり、もう一度ため息をつき、私を見た。 「……。真奈が何でそのこと知ってるわけ?」 「幼馴染の亜希から、連絡があってさ。覚えてるでしょ」 「あの隣の家の子ね」 「今度、東京に出て来るみたいで、連絡くれてさ。うちの母さん入院したって……」 「余計なことを……」 「何言ってんの!」 「真奈に知る権利なんかない」 「そんな……」 「何年連絡取ってなかったと思ってるの?」 「……。五年くらい……?」 「八年だよ! 失踪者でも七年経ったら死亡扱いなんだから。今日だって急に店に来てさ……」 「連絡したかったんだけど……」 「まぁ、そんな商売してちゃ、無理だもんね」と言いながら、姉は私の全身を見渡す。 「そりゃ、特殊な仕事だけどさ……」 「そんな身体で帰らないでよ。お母さんの体調ますます悪くなるから」 「分かってるよ……」  母親の性格は私も良く分かっている。何の説明もないまま娘がタトゥーだらけで戻ってくれば、病状によっては、本当に万が一ということもある。  迂闊に連絡することはできないだろうし、会いに行くこともできない。
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