第二章 彫師

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「息子のためですから……」  男性客は先月、息子さんをバイク事故で亡くした。まだ高校生だった。  死んだ子供のために何かできないか、と思いついたのがタトゥーだった。遺品を整理していて、息子がタトゥーに興味を持っていることを知ったのだ。 「俺も昔はヤンチャしてたんで、息子の気持ちも分かるんです」  男性客は時々走る痛みに顔をゆがめながら、照れ臭そうに言った。  息子という存在を永遠に残していくために、自分の身体にタトゥーを刻みたいという。そして刻み込む場所である左の脇腹は、息子さんが致命傷を負ったところと同じ場所だった。 「息子を残しておきたいし、息子の感じた痛みを共有したい。タトゥーがうってつけだったんです。俺、器用なほうじゃないんで。こんなやり方しかできない」  確かに不器用とも思える弔い方だが、痛みを共有することで、相手の気持ちを分かち合い、自身の罪悪感を払拭できる場合もある。  それは私も同じだった。 「……私もそうですよ」 「そうなんですか?」 「はい。私、昔、看護師やってたんですけど。初めての患者さんが亡くなって、なぜか罪悪感を覚えてしまって。大好きな患者さんだったんで、自分の力不足を嘆いてしまって。そんな気持ちを消すために、その患者さんが一番苦しんだ箇所に小さなタトゥーを入れたことがあります」  私がお腹の部分を擦ると、男性客も「なんだ、同じか」と笑った。 「でも、そのせいで看護師は辞めざるを得なくなって、結局、この仕事に」  私がそう言うと、男性客はまた笑った。
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