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「お嫁にしてくださいませ、にいさま、わたしを。ちゃんと、にいさまのお嫁にしてください」
返事の代わりのように、アルトナルの手がわたしの髪を撫でた。
豊かに渦巻いて、なめらかに流れる金糸の髪を。
誰もが誉めそやす、わたしの髪の美しさ。
幼い頃から、それだけは自分でも誇らしく思えた。
そうなの。
だって、にいさまが。アルにいさまが。
――レイ、お前の髪はなんと美しい。
まるで、女神フレイヤの生まれ変わりのようではないか、と。
この髪を指先でくるくると弄んで、そう言ってくださったの。
だから。
「アルにいさま……」
今一度、精一杯の思いを込めて、わたしはアルトナルを呼んだ。
アルトナルが、わたしの額にひとつ、くちづけを落とす。
そして、静かに寝台から立ち上がった。
「……アルトナルさま、行ってはいや、にいさま、傍にいて」
恥じらいも節度もなく、わたしはアルトナルの腕に縋りつく。
でもアルトナルは、わたしを振り返りもせぬまま、その逞しい背中越しに、
「すぐに薬師が来る」
と言い捨てて、続き部屋の扉から出て行った。
*
そして、その言葉のとおりに。
アルトナルが去ってから僅かの間もなく、薬師が姿を現した。
あのいやな道具や、そのほかの何かを携えて。
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