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16  ――薬師に「わたしを起こさぬように」と言い渡されたからだろう。  陽ざしが明るさを増しはじめてからも、侍女たちは、誰も部屋に来なかった。  寝台から起き上がり、わたしは裸足のまま歩き出した。    冬至に彷徨い歩くという、野の精霊のような。  そんな頼りない足取りで、わたしは城の端にある、ひどく狭くて急な石段を昇ってゆく。  それは籠城の折に使うことが想定されている場所で、ひと気はいつも全くない。  作られてからずっと、ほとんど人の昇り降りのない場所。  切り出したままの石を組み上げた階段の表面はザラリと鋭利なままで、わたしの裸の足裏は傷つき血を流した。    やがて、わたしは塔の見張り台まで登り切る。その先は、やぐらへの木梯子が続くだけだ。  梯子の上にまで昇る必要はなかった。  塔は十分に高く、あまつさえ、その裏手は谷に面していたから。   谷の底は深い穴めいて、ただ暗い。  吸い込まれそうなほどに。  頭の中に霧がかかって、ぼうっと白い。  わたしは、石弓用に穿たれた塀の窪みから身を乗り出した。  ――逃げ出したい。  この苦痛から辱めから、解放されたい。    考えていたのは、それだけ。       
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