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 それは、今、このときが幸福すぎるからではなくて。  おそろしいから。  夜が来るのが。  怖くてたまらないから。 *  婚礼の日の夜が更けた。  アルトナルに抱きかかえられて、わたしは寝室へと入る。    しきたりでは、初夜の寝所の外には、しかるべき身分を持つ「見届人」が置かれることになっている。  そして、花嫁の乙女の血がにじんだ敷布を王と臣会の前に示し、確かに婚姻が成し遂げられたことを証し立てるのだ。  けれどアルトナルは、見届人の立ち合いを拒んだ。  それが王族のつとめであることは承知しているが、まだ年若くあどけない妻を怯えさせたくないのだと、そう言って。  子供の頃から、なにひとつ、誰かを困らせたことなどなかった王子アルトナルの、めったにない「我儘」だった。  それも自らのためではなく、幼い妻を慮っての言葉。  アルトナルに心酔する者たちが、その願いを聞き届けないわけはない。  でも、その「人払い」は「わたしのため」ではなかった。  それは、本当の意味での「婚姻」が「行われない」ことを隠すためのもの――  ふたりきりの寝室。  アルトナルは、思い切りよく寝台の上掛けをはぎ取って敷布を乱し始める。  そして枕元の短剣を手に取ると、自らの指先へ刃を薄く滑らせた。     
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