87人が本棚に入れています
本棚に追加
/98ページ
敵の刃が滑り、王子の腰へと刺さる。
その傷自体は浅手ではあったが、王子はそのまま鞍から落ちた。
シグルドが、すぐさま王子の元へと駆けつけ、敵をなぎ払う。
だが、間に合わなかった――
落馬のはずみで刃の上へと、王子の身体が叩きつけられていた。
その時分の吾は城医ではなく、いくさ場の薬師であった。
アルトナル様の傷を診て、手当てを施したのは吾だった。
おびただしく流れ出る血を止めるために、王子の陰茎を根元から縛った。
傷は深すぎて、残せる部分はほとんどなく、子種を蓄える部分も、同じくほぼ潰えていた。
「この傷」については、誰にも洩らすなと。
王子は、吾とシグルドとに厳命を下した。
王子アルトナルは、民からの厚い信頼を損なうわけにはいかなかった――
現王よりも、民に頼られ愛される。
そんな自らこそが、今では国を支えていることを、王子は、既にはっきりと自覚していた。
若き男の身体であれば、傷も直に癒える。
王子は常の壮健さを取り戻し、周囲の誰もが、戦での負傷は「ごく些細な、とるに足らぬものだったのだ」と安堵していた。
だが、失った身体の機能が戻ることはない。
ただただつらいのは。
最初のコメントを投稿しよう!