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(な、何が起きたの……?)
「大丈夫、ベルちゃん?」
ベルの耳元で、再びクスッとルーシーが笑った。いや、嗤った。
「ベルちゃんのお兄さん、今日はブルーな日なのかしらね」
ベルには「ブルーな日」の意味もルーシーの本意もわからなかった。もちろん、兄・アディの本意も。
「貴様……」
これまで聞いたこともない、憎悪に満ちた兄の声。ベルは震えた。
(見たくない、聞きたくない! これは、夢……でしょ……?)
「ベルから、離れろっ!」
しかし、兄はベルを想うからこそ闘っているようだ……。ベルはますます混乱した。
「アディ、あなたこそその物騒なモノを引っ込めなさい」
ルーシーのクールな口調には嘲りが混じっている。
「ベルちゃんが怪我でもしたらどうするのよ……あの時のあなたみたいに」
「黙れっ!」
ドスの利いたアディの声。と同時に、銀色の剣が……
(!)
ベルは思わず両手で頭を覆った。
兄のふるった剣はベルのすぐ横を通って、ルーシーの躰を真っ二つに引き裂いた……否、ベルを抱いていたルーシーはまた靄のようになって消えた。
ベルは全身がぞわぞわと総毛立った。
さっきベルが開けた窓からふわりと風が吹いた。ルーシーの声を乗せて。
「アディ、さすがの私も怒るわよ」
ルーシーは出窓に腰掛け足をブラつかせている。
「ベルちゃんに怖い思いさせるなんて許さないわ。そんなことするなら……言っちゃおうかしら」
「何を……」
「大好きなお兄ちゃんが『元・勇者』って……」
ブゥゥン……
ルーシーの語りを遮るかのごとく、アディが剣を構えた。
空気が揺れた。否、空間が揺れた。
めまいをこらえてベルは兄とルーシーを見た。
(おにいちゃん、なぜそんなに怒ってるの……。おにいちゃんが『元・勇者』だってのはもう教えてもらっちゃったよ……って、おにいちゃんに言った方がいいのかな……)
頭の中はごちゃごちゃするのに声が出ない。
今のベルには、ただふたりを見守ることしかできない。
窓辺に腰掛けるルーシーは、先ほどと変わらぬリラックスした姿勢のままだ。
その姿だけ見ると、まさか彼女の家の中でこんな修羅場が繰り広げられているとは到底思えない。
ルーシーは人差し指をアディに向けている。その指先で見る見るうちに膨らむ、青く澄んだ宝石のような塊。
アディの構える剣は陽炎のようにぼやけている。
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