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アディがすぐさまかがんでふたつ拾ったが、もうひとつのリンゴを拾ったのは……
「はい、どうぞ」
ベルは、差し出されたリンゴよりもそれを持っている女性のほうに目が釘付けになった。
(わぁ……美人さん……)
猫の目みたいに何色にも輝く瞳。長いまつ毛。通った鼻筋。ピンク色に塗られた口紅が白い肌によく映えている。腰まである長い髪は、茶色と金色が混ざったような色合いで微かな風にもサラサラと揺れる。まるで絹糸みたいだ。フード付きの長いローブは絶妙な加減で体の曲線に沿い、男でも女でも見とれてしまうような風貌だった。
「あ……りがとうございます」
ベルは彼女から差し出されたリンゴを受け取ろうとしたが、大きな紙袋で両手がふさがりあたふたと慌てるだけになってしまった。
女性はクスッと上品に笑うと、
「お兄さんに渡しておくわね」
と言ってアディの前にリンゴを差し出した……手のひらの上に果実を置いて、スッ……と兄の胸のあたりに。見ようによっては家臣から王への献上品のようにも思われたが、ベルにはなぜか漠然とした不安に包まれ心臓がドキドキしてきた。リンゴを拾い兄に渡そうとしている女性は綺麗で清楚なお姉さんなのに、なぜかこう思ってしまった。
(……魔法使いが差し出す毒リンゴみたい……)
その瞬間、
「あっ……!」
ベルの視界がグラリと歪んだ。急にひどい頭痛がしてきた。
「ベル!?」
アディは咄嗟にベルを抱きかかえようとしたが怪我から回復途中の手足が言うことをきかない。
ひどい頭痛の中……ベルは見た。アディの代わりにお姉さんが、自分とリンゴの紙袋を支えるためにしゃがみこんでくれたことを。ベルの意識はどんどん朦朧としていく。
(頭痛い……ふわふわする……。なんだか……こういうの、前にもあったような……)
リンゴを拾った女性はベルが頭痛に苦しんでいると悟った。正確には、今のところ頭痛しか起きていないことを確認した。彼女はアディに向かって立ち上がり、耳元でそっとつぶやいた。
「大丈夫よ……戻ってないわ」
それを聞いてホッとするアディ……しかし、彼は自分がその女の言葉で安堵したことを許せなくなったようで、
「去れ、今すぐに」
小声ながら鋭い語気で言う。
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