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そう言って幸子は空を見上げた。夫が死んだ南の島ではどんな青空が広がっていたのだろう。夫は抜けるような青い空を見たのだろうか。いつもの感傷が幸子を捉える。それを振り切るように幸子は明るい声を出した。 「ね、おばさん。何かお入用のものありまして? わたし、川越あたりまで行って来ようかと思うのよ。お米と野菜を頂きに」 いただくなどと穏やかな言葉を使ってはみたものの、最近は百姓も知恵がついてきて、随分とふっかけてくる。幸子は頭の中で算盤を弾いた。子らのためには卵も欲しい。あの列車で卵を潰れないようにするにはどうしたらいいのかしら。大島のお対だけじゃ足りないかしら。とりとめもなく瑣末な――幸子の大嫌いな――始末を考えると心が暗くなる。幸子の微妙な表情の変化を早坂夫人は読み取ったのだろう。 「あなたも苦労するわねえ」 幸子は首を横に振った。 「家が焼け残っただけでも儲けものですわ。雨露が凌げるし。主人が帰ってきてもし家がなかったらどんなに心配するか」 戦死の公報がきたが、幸子は人前でそれを認めたことはなかった。あの頭がよく英語に堪能な夫がやすやすと死ぬはずはない、そう信じているし、戦争が終わってからは公言もしているのだが、それを聞く人々は気の毒に、という眼差しをそっと彼女に注ぐだけであった。 「買い出しにはうちのが行くから。さっちゃんは家にいらっしゃいな。子どもたちもいるんだし」     
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