君子は豹変する

1/1
前へ
/12ページ
次へ

君子は豹変する

『急告-特別女子従業員募集、衣食住及高給支給、前借ニモ応ズ、地方ヨリノ応募者ニハ旅費ヲ支給ス 東京都京橋区銀座七ノ一 特殊慰安施設協会』 幸子は早坂夫人から渡された切り抜きをぼんやりと眺めた。 「何でも、国が募集してるんですって。ほら、うちのはあちらこちらに伝手(つて)があるでしょう? 頼まれちゃったらしいのよ。進駐軍の高級将校さん相手の……ええっとなんて言ったかしらねえ、お世話する……セ、セク」 「secretary?」 「そう。そのセクレタリーっていうのを探しているんですって。高級将校相手だから上手くいけばお金も稼げるし、出世もできるんだって。ゆめちゃんと美保ちゃんもどんどん大きくなるからね」 にこにこしながら早坂夫人は夫から聴き込んだ話を幸子に告げる。本当に秘書なのかしらと広告の文面にいささかの疑惑をいだきながらも、やはり金はほしい。宝石類(いし)や着物はいくらにもならないし、一度食べ物に変えてしまえばそれきりなのである。幸子は自分の手で稼ぎたいと思う。だがヨイトマケに出ることには何となくまだ気持ちの踏ん切りがつかないでいる。 「さっちゃんはインテリだもの。アメリカさんの言葉だってわかるんでしょ。ねえ、説明を聞くだけでも聞いてみたらどうかしら。木挽町(こびきちょう)で説明会を毎日していてね、あなたみたいな女の人たちがたくさん聞きに来てるそうよ」 モンペ姿の早坂夫人は、口を開けば「お国のため」「お国のため」と言っていたのが嘘のように進駐軍に好意的だった。それにしても「あなたみたいな女の人」というのはどんな女の人なのだろうか、と幸子は早坂夫人の笑顔をチラリと盗み見た。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加