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早坂夫人の言葉が頭の中に谺する。戦争で夫を亡くし、子供がいて、まだそこそこ若い、生計の道を持たない女――それが、あなたに似た人。私に似た人。
「あの……それでは……」
ん?とロイド眼鏡の奥の視線が幸子の顔をみた。俯いていた顔をあげた幸子は
「わたくしに淫売になれ、とおっしゃるのですか」
と掠れて不明瞭ながら、生まれてから一度も口にしたことのない言葉を喉から絞り出した。
「淫売などと。これは国が決めた法律に基いて行われている立派な事業ですよ。些かも恥に思う必要はありません」
「身体を売ってお金を貰うのでしょう? それを淫売というのではありませんか?」
「そうではありません。皆さんには日本の若い娘を守るための防波堤になっていただきたいのです」
「防波堤ですって?」
幸子は眉を釣り上げた。
「子を産んだ女は純潔などはどうでもいいと、見ず知らずの娘たちのために犠牲になれ、とこうおっしゃるのね」
知らず識らず幸子の声は高くなり、周囲の女たちの視線が集まる。
「奥さん、嫌でしたら断ってくださって結構だが、1ヶ月で1万円は稼げるよ。ふたりのお嬢ちゃんにいい服も買ってやれるし、美味いものも食わせられる。こんな話はないと思うがね?」
気分を害したように横柄にロイド眼鏡は言う。先程までの丁寧さはどこにもない。
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