spice01.告白

8/20
前へ
/163ページ
次へ
偶然ここはひと気のないフロアらしく、静かな空間に自分の嗚咽だけが響いている。 案外、泣くことだけに集中した方が、無駄なことを考えずに済んで楽なのかもしれない。 そんなことをふと思った時。 「紫映! どこ!?」 少し遠くの方から、私の名前を呼ぶ香恋の声が響いた。 スッと頭に乗っていた温度が離れて、涙を押し出し続けていた涙腺がピタリと動きを止める。 顔を上げて辺りを見回すと、ここは誰もいない最南端のフロアだった。 右側に延びている廊下の向こうには、人影がパラパラと小さく見える。 「紫映ー!」 香恋の声がさっきよりもハッキリと聞こえてきて、慌てて濡れた顔を袖で拭った。 タンタンタンタン、と駆け足で正面の階段を降りてくる音。 この足音が、香恋なのかもしれない。 どうしよう。 見つかる。 今、香恋には会いたくない。 こんな顔で、会えない。 「こっち」 低い声に振り向くと、いつの間にかエレベーターの前に立っていた彼が、促すように私に視線を向けた。 タイミングを見計らったかのように、スーッとエレベーターのドアが開く。 戸惑いもなくそれに乗り込んだ彼が、立ち止まったままの私を振り返って、早く、と言いたげな顔で私を見た。 タンタンタン、と階段からは足音が近付いてきている。 ハッと固まっていた足を解いて、彼の乗っているエレベーターに乗り込んだ。 勢いのあまり近付き過ぎた彼との距離を保とうと、サッと背中を向けると、ちょうどエレベーターのドアが閉まっていくところ。 「紫映どこ? お願い、話を――」 少し震えている香恋の叫び声が、ピタリと閉まったドアによって遮断された。
/163ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加