spice01.告白

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コツ、コツ、と二人分の靴音だけが反響する。 それが静けさを助長して、緊迫した空気が流れていく。 壁に並ぶ“研究室”と書かれたドアは、どれも教授の名前が空欄のまま。本当に空き部屋しかない。 こんな所、学生も教授も来ることはないはずなのに、彼はまるで知り尽くしたように奥まった場所へと進んでいく。 向かっていく先は、天井の蛍光灯が古びた光を放っていて妙に薄暗い。 不安がますます大きくなって、歩くスピードをわざと落とした。 「……不安?」 ポツリと。前を歩いていた彼が短く言って、ピタリと足を止めた。 は、と息を呑んで、立ち止まる。 歩く速度を落としたのがバレたんだ。 足音すら無くなった無音の廊下に、ドクドクと心臓を打ち付ける脈の音が響く。 何と答えればいいかわからなくて黙りこくる私に、ゆっくりと彼が振り返った。 薄暗さに映えるシルエット。 それは、計算され尽くされた芸術作品のように完璧で。 蛇に睨まれたように動けなくなった体が、脈だけを刻む。 彼の伏し目がちな流し目が私を捉えた瞬間、息が詰まって、私の意図しない体の奥底で何かが音を立てた気がした。
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