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「そんな怯えなくていい」
落とされた低い声は、私を安心させるように優しく響いた。
彼を信用できる決定的な何かなんて何もないのに、胸を覆っていた不安がジワジワと溶けていく。
それによって得られたものは安堵ではなくて。
よくわからないけど、奥の方で何かがソワソワと騒ぎ立てている。
「だ、大丈夫、です」
少し裏返えりながら返事をすると、彼は視線を戻して、また歩き始めた。
コツ、コツ、と足音が響く。
古びた蛍光灯が、ジリリ、とたまに音を立てる。
さっきまでと同じ、静かで薄暗い廊下なのに、もう不安は感じなかった。
このまま、ずっとずっと遠くまで行ってしまいたいとすら思う。
香恋も春木先輩もいない見知らぬ世界へ――。
しばらく歩くと、廊下の一番端までたどり着いて、彼が立ち止まった。
それに合わせて私も止まると、彼の視線が左横にある階段へ向く。
「着いたよ。あんたが泣ける場所」
「え?」
彼の視線の先を見ると、そこは全く使われていないまま掃除だけ行き届いた綺麗な階段。
「そこなら、誰も通らねーから」
そう言われて初めて、彼の目的を理解した。
彼は、私を、気兼ねなく泣ける場所に連れてきてくれたんだ。
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