spice01.告白

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「ありがとう、ございます」 そう言って彼を見上げると、全く崩れない無表情がフッと緩んだ気がした。 優しいんだな。 私の胸の奥も、何かがフッと緩む。 ここには、香恋も春木先輩も来ることがない。 来たことのないこの場所は、日常を感じさせない。 それが、どれほど今の私を救っているかなんて、彼は知らないんだろうけど。 階段に視線を向けると、小窓からこぼれる優しいオレンジ色の光が、私を招き入れるように一番上の段を照らしていた。 人ひとり通らない殺風景な場所なのに、なんだか優しい。 じわじわと、胸の奥につっかえているものがほぐれていく。 ここにずっと居たい。 彼と、この場所に、ずっと居たい。 戻りたくない――。 そう思ったら、ぎゅうっと胸の奥が苦しくなって、何かがこみ上げるように目頭が熱くなった。 そのまま、すーっと温かい水が頬を伝っていく。 何なんだろう。 悲しい? 辛い? もっと違う、言い知れない感情が、胸の奥を締め付けている。 ゆらゆらと揺れる視界に、差し込む光が温かい。 隣にいる彼は何も言わない。 だけど、その気配がとても優しい。 「ふぅっ……」 堪らずに嗚咽を漏らすと。 ポン、と、頭に優しい振動が乗った。 「使って」 低くて落ち着いた声と同時に、白いタオルハンカチを差し出される。 揺れる視界に映ったそれを、そっと受け取ると、また胸が苦しくなって涙が出た。 「うぅっ……ふぅっ……」 押し出されるものが止まらなくなって、彼から逃げるように階段へ駆け寄る。 彼に背を向けて座り込んで、手に持った彼のタオルハンカチを濡れた顔に押し当てた。 ふんわり柔らかい繊維が、優しく涙を吸い取っていく。 鼻腔をかすめる、爽やかでほのかに甘い匂い。 きっと、彼の匂い。 「っ……ふうっ……うう……」 喉が震えて苦しい。 胸を締め付ける感情が何なのか、わからない。 そんな中で、一瞬、感情とは離れた脳の片隅で。 “俺、冬が好きだからさ。雪瀬紫映って名前、冬っぽくてすげー好き” “雪瀬ちゃんって呼んでいい?” 春木先輩の懐かしい声を、思い出していた。
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