spice01.告白

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――――――…… どれくらいの時間が経ったんだろう。 気がつけば流す涙も無くなっていて、ただ顔をハンカチに押し付けたままうずくまっていた。 そっとハンカチから顔を上げると、今まで遮断されていた光が目に入って目を細める。 徐々に光に慣れて目を開くと、正面の小窓から、すっかり暗くなった空が見えた。 ハッとして、横にある鞄の中を漁る。 今、何時だろう。 鞄の中のスマホを見つけて、それを取り出そうとした時。 視界の端に、何かが見えた。 驚いて体をひねり振り返ると、そこにいたのは、壁際に座る彼。 片膝を立てて片腕を乗せ、体重を壁に預けて座っている。 相変わらず崩れる様子のない、彼の整った無表情が、スッと私に向いた。 「落ち着いた?」 彼の低い声と、優しい色を含んだ切れ長の瞳に、心臓が跳ねる。 「あ、えっと、はい」 慌てて返事を返すと、彼の表情がほんの少しだけ緩んだ気がした。 「そう」 低く落ち着いた声が、鼓膜を揺らす。 じわり、と胸の奥が熱くなるのを感じた。 彼は、ずっと、ここに居てくれたんだ。 何も言わず、ただただずっと、居てくれた。 「あの、ありがとうございます」 もう少し彼とここにいたい。 不意に湧き上がったそんな考えを打ち消すように、慌てて鞄を持って立ち上がった。 「もう帰る?」 彼はそう呟いて、立ち上がる。 「は、はい……」 小さく頷くと、彼が「送る」と言って先に歩き出した。 その後ろを数歩分あけて、彼についていく。 コツ、コツ、と静かな足音が、薄暗い廊下に寂しく響く。 前を歩く背中は、そんなこと微塵も感じていないようで、それがさらに寂しさを助長させた。 非日常から日常へと帰ってしまう。 この非日常をもう少し感じていたかった。 一歩一歩、終わりが近づいている。 しばらく歩くと、日常へと導くエレベーターの前で、彼が立ち止まった。 私が彼の隣に到達したタイミングで、ちょうどよくドアが開く。 彼に続いて中に乗り込むと、背後でドアが閉まった。
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