spice01.告白

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非日常と日常の間の、不安定な空間に閉ざされる。 二人だけの空間。 それを感じた瞬間、緊張が鼓動を揺らした。 目の前にある彼の胸元が思ったよりも近い。 それに気付いて、慌てて視線を逸らし、顔をうつむけた。 その視界に、手に持ったままの白いハンカチが映る。 ふんわりと柔らかかったハンカチは、涙に濡れて力なくしおれていた。 そうか。と。 灰色に寂れていた心に、一点の光が灯る。 私は彼にもう一度会わなきゃいけないんだ。 ハンカチをちゃんと洗って返すために。 非日常は、これで終わるわけじゃないんだ。 そう思うと、胸の奥が躍りだした。 チン、と短く音が鳴って、背後でドアが開いたのがわかる。 これで終わりじゃない。 そう言い聞かせて、ぎゅっと手に持ったハンカチを握りしめた。 「あの、ハンカチ、また綺麗にして返しますね」 ぺこりと頭を下げてから顔を上げると、彼が何かを言おうと口を開く。 それを遮るように、「それから」と言葉を続けて、一歩後ろに下がってドアを出た。 「送ってもらうのはここまでで大丈夫です。ありがとうございました」 もう一度一礼して、彼の反応を見る前に、体を反転させた。 少し小走りで、エレベーターをあとにする。 校舎の出口へ真っ直ぐ向かう。 窓から見える外は完全に夜で、校内を歩く人も少ない。 小走りのまま出口を抜けると、雨上がりのヒンヤリした空気が肌を刺した。 そっと振り返ってみると、やっぱり彼はもういない。 夢、だったような気さえする。 だけど、手には確実に、彼のタオルハンカチが握られている。 日常の景色を見ながら、まだ非日常の夢を見ているような、不思議な気分。 真っ暗な空を仰ぎ見ながら、はぁ、と息を吐いた。 浮ついていた思考が、ゆっくりと、現実へ帰ってくる。 そういえば私は、彼の名前も、どこの学部かも、何も知らない。 会わなきゃいけない、なんて思いつつも、会う手段なんて何もないことに気が付いた。 はぁ、ともう一度息をついて、校門へと向かう。 明日、香恋と顔合わせにくいなぁ。 ズン、と胸に重りを乗せて、ゆっくりと帰路を歩いた。
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