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カサ、と。
止まったままだった香恋の気配が大きく動いた。
「……紫映、」
ポツン、と、鼓膜に、待ちわびた声が染みわたる。
そっと顔を上げると、香恋は今にも泣きそうな顔で私を見ていた。
「ご、めんっ」
息を詰まらせた声が、雨音を打ち消した。
ハッとして勢いよく首を振る。
だけど香恋は首を振り返して、泣きそうな顔のまま身を乗り出す。
「あたし、春木先輩にはもう近付かないからっ、サークルも辞めるし、連絡先も消すっ、だから、」
「香恋っ」
すがるように言葉を紡ぐ香恋を、思わず止めた。
だけど香恋はぎゅっと口を閉じた後、また口を開いて続ける。
「飲み会の帰りに春木先輩に告白しちゃったのは、あたし、本当に覚えてないの。昨日も、好きなんて言うつもりなかった。あんな風に先輩に言われて、誤魔化しきれなくなっちゃって、それでっ、」
「香恋」
もう一度、香恋の言葉を制止させると、香恋は、は、と口を開いたまま息を吐き出して、力なく視線を伏せた。
「ごめ、あたし、自分の言い訳ばっかり……」
そう言った香恋の息遣いが震えている。
こんな香恋は初めてじゃなかったと思い出して、ゆっくり手を伸ばし、テーブルの端を掴む香恋の手に乗せた。
香恋がはっと息を呑む。
「紫映、」
「香恋、春木先輩のことが好きなの?」
香恋の言葉に被せて、できるだけ穏やかな声を出した。
香恋の視線が私に向いて、動揺の色を浮かべる。
「え、と、それ、は……」
途切れ途切れに出される音が、空気を小さく震わせた。
その反応が答え。
香恋は春木先輩が好き。
昨日の会話を聞いた時からわかっていたし、ただ確かめたかっただけだ。
きゅ、と肺が何かに押されて息苦しくなる。
それを無理やり押し込めて、「香恋、」と言葉をつなげた。
「私、香恋と春木先輩を応援する」
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