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空気が、息をひそめるようにピタリと動きを止めた。
シン、と数秒の沈黙が流れる。
ドクン、ドクン、と鼓動が時を刻む。
ガラスを叩きつける雨音が、激しく耳に響く。
「紫映、」
弱々しい香恋の声が、ようやく空気を動かした。
「何、言ってる、の?」
香恋の瞳が不安げに私をうかがい見る。
表情を読み取られそうな気がして、慌てて視線を逸らすと、それを逃さまいとする香恋の手が私の手を握った。
「あたし、紫映の好きな人と付き合ったりなんてしないよ」
さっきまでの弱々しさが嘘のような、意思のこもった強い口調。
「信じられないかもしれないけど、やっと紫映に好きな人ができて、本気で応援してたの。もう、紫映には辛い恋してほしくないのっ」
語尾が感情に震えていて、本当にそう思ってくれていたんだろうなと、喉の奥が苦しくなる。
それを無理やり抑え込んで、ふ、と息を吐き出した。
「春木先輩は香恋が好きなんだよ」
その言葉を吐き出した瞬間、グッと目頭に何かがこみ上げそうになる。
それを抑えて、もう一度口を開く。
「私のことは気にしないで、好きなら付き合って幸せになって」
言い切ってから顔を上げると、香恋は険しい顔で目を潤ませていた。
何かに耐えるように唇をぎゅっと結んで、私の手を痛いほど強く握っている。
そんな反応が返ってくると思わなくて、どうしようかと悩んでいると、香恋が勢いよく椅子から立ち上がった。
「とにかくあたしは付き合わない! サークルも辞めるから!」
そう吐き捨てて、サッと自分のレジ袋を掴み取り、逃げるように出口へ走っていってしまった。
ザー、と雨音が耳に響く。
さっきまで強く掴まれていた手がジンジンと脈を打つ。
外はどんよりと薄暗い。
一人。椅子に座って外を眺めながら、パンフレットで見た開放的なカフェテラスとは似ても似つかない場所だな、なんて思った。
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