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結依のクラスの授業の日。
妙な緊張と興奮があった。
逢いたいけれど、逢いたくない。
顔を見ないと落ち着かないけれど、目が合えば心を見透かされそうで怖かった。
結依は変わらず席に座って静かに授業を受ける、可愛らしい顔がこちらを見ていると思うだけで体が震える感覚が襲う。
授業中の小テストで。
静かな教室内を、支倉は机をぬって歩く。
結依の席に、背後から近づいた。
小さな背中が懸命に問題に取り組んでいる。
(──触れたい)
判るか?など言ってと優しく叩きたい、頑張っているなと撫でてやりたい──出来もしない事を想像した。
そっと覗き込むと、そこまで解いた問題は合っていた。
思わず笑顔になる。
よく出来ました、そんな気持を込めて、そっと机の角を指先で撫でるように叩いた。
結依が不意に顔を上げる、互いの目が合った、一種戸惑った色を浮かべた結依だったが、次には嬉しそうに微笑んだ。
心の距離が近づいた事を認識した。
*
自宅での夕飯の席だった、支倉の妻の携帯が鳴った。
出た妻は、すぐに大きな声を上げた。
「ええ!? 大丈夫!?」
声に支倉は顔を上げる、妻は溜息を吐いて頭を抱えた。
「うん、うん……いいわよ、すぐに行くわ、動かないでね」
そう言って通話を切ると、支倉に見る。
「うちの母がぎっくり腰ですって。布団敷こうとして失敗したって。ちょっと行ってくるわ」
「ああ、そうだな、送ろうか?」
姑は度々ぎっくり腰をやっている、その度に妻は介抱と家事の手伝いをしに行く。弟妹はいるが長女の妻を頼りにしているようだった。
車で20分程行ったところに、妻の実家はある。公共交通機関だと電車とバスを乗り継ぐことになる。
「ううん、今日は泊まってくるし、明日は病院に連れて行ってあげたいから自分の運転で行くわ。子供も連れていくから。あなたは学校あるものね」
「ああ、済まないな」
「ううん、こちらこそ。私がいなくてもちゃんとご飯食べてよ。あーそれと、遊園地!」
「──ああ」
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