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二人が初めて出逢ったのは、田浦結依が高校二年の時だった。
男は教師になって五年目、着任式で壇上に上がると、生徒が、特に多くの女生徒がざわめいた。
顎は細く、目は切れ長、通った鼻筋、どれをとっても美形だ。そして細身の長身とくれば、ざわめくのも無理はない。
「数学を担当しています、支倉蓮と言います、よろしくお願いします」
声も張りがある低音で心地よかった。
結依が感じた感想はそれだけだった。かっこいいと思った教師はこれまでもいた、そのあたりの感性は普通だった。
だが所詮生徒と教師、年齢も離れていて恋愛感情までには発展しない。
結依はまだ、恋を知らない。
告白紛いに男子生徒に話しかけられた事はあったが、結依の心を揺らす事はなかった。
支倉は一年のクラスを受け持ちとなり、教科担任にもならなかった、本当に結依との接点はなかった。
*
七月の半ば、美術部員の結依は、作品を仕上げるのに夢中になっていた。
とっくに部活動も終わる時間になっていたのにも気づかぬほどに。
「誰かいるのか?」
突然の声に驚く、ドアが開くと同時に姿を見せたのは支倉だった。
サッカー部の顧問をしているが、美術室に明かりがついている事、普段教室が点いているなら準備室の明かりも点いているはずなのに点いていないのを不審に思って上がってきたのだ。
「もうとっくに帰る時間は過ぎてるぞ?」
「え、すみません、あの、あと少し……いえ、もう片付けます!」
油絵だ、片付けには少し時間がかかる。顧問の東ならばわがままも言えるが、支倉では無理だと思った。
筆を洗い壺に突っ込むと、
「まだ途中なのか? キリのいいところまでいいぞ」
優しい声は、着任式と同じだった。
「え」
「何事も途中だと気になるからな。サッカー部はもう終わったし。絵のことは判らないけど、中途半端では色の混ざり具合とか、困るんじゃないのか?」
「あ、はい……ありがとうございます……っ」
結依は薔薇の花束を描いていた、その通りだった、一輪の薔薇の半分ほどを塗っている最中だ、その一輪くらいは仕上げたい。
結依はまた絵筆を取って塗り始めた。
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