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元気に言って胸に教科書とノートと筆箱を抱えると、180度になるかと思えるほど頭を上げてから職員室を出て行った。
支倉はスマホと、残されたパークのチケットを拾い上げる。
(本当に、いいのか、俺……)
逢いたい気持ちとは裏腹に、心の何処かに、このまま結依からの連絡が無ければいいとも思った、結依からのアクションがなければこのチケットが無駄になるだけだ。教え子と二人きりで出かける機会はなくなる。
反面、それは嫌だと思う自分もいた。明日は二人で会う約束をした、それを結依は喜んでいた。自分の立場や状況を全て無視して、少年のように喜ぶ心を自覚していた。
*
夜、結依からメッセージが来た。
結依らしい、丁寧で控えめな文章だった。
『誘ってくださって嬉しいです』
そんな文章を、薄暗い家の中でビールを飲みながら読んでいると、何歳か若返ったような気分になった。
*
当日、混雑が少し収まっているであろう朝の八時に横浜駅で待ち合わせした。
待ち合わせ場所は、シャトルバスが出るバス停前だった。
支倉の姿を見つけた結依は、まばゆい笑顔で手を振り支倉を出迎える。
支倉は、いつも結依の制服姿しか見ていなかったと思い出した。細身のジーンズと淡い桜色のチュニックが少女らしくて可愛かった、いつもよりも明るい笑顔に、支倉の心も弾んでくる。
結依ももっと思い切り手を振りたい程、気分は高揚していた。
服は前日にこの日の為に購入したものだ、初めてショップ店員にコーディネートの相談をした、年上の恋人と初めてのデートだ、と言ったら親身になって選んでくれた。
結依にとって、それは嘘ではない、想いを寄せる相手と、初めて二人きりで1日を過ごすのだから。
「先生……!」
声を上げかける結依に、支倉は自身の口に指を立てて「しい」と言った。
「さすがに先生はやめてくれないか。ただでさえ歳上なのはバレバレだ、その上先生、先生呼ばれたら、さすがにみんなの視線が痛そうだ」
「あ、はい、じゃあ、は、支倉さん、で……?」
支倉はにこっと笑った。
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