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「こんな時くらい、友達か恋人のフリをしよう。下の名前で呼び合わないか?」 「──えっ」 さっと結依の顔に朱が昇るのが可愛かった。 「俺の下の名前、知ってる?」 言われて結依はこくんと頷く。 知っている──知らない訳がない。 「蓮、さん……」 喉が締められたように声が出しにくかった。 「まだ固いな。呼び捨ては?」 結依は慌てて首を左右に振る。 「そ、それはさすがに……」 「それもそうか。でも俺は結依って呼ぶね」 呼ばれて結依は、しゃきんと背筋を伸ばした。 「お、バス来たぞ」 ドキドキし始めた心臓を抑え、結依はバスに乗り込んだ、その背をそっと支倉に支えられ、結依の鼓動はますます早鐘を打ち始める。 * 土曜日のパーク内は、大変な混雑ぶりだ。 乗り物に乗って楽しむより、待ち時間の方が長い。 そんな時間すら、結依にはかけがえのない時間だった、届くはずがない想いを抱えた相手のそばに居られる、その人の視界に収まり、体温を感じられる大切な時間だった。 支倉も新しい結依の表情に驚いていた。 学校で見かける姿は物静かで、笑顔すら控えめだった。それが今は若さに溢れた輝かしい笑顔が見られる。自分を見上げて喋る姿は、妙に支倉の心を満たした。 誘ってよかった、と心の底から思った。 しかし互いに、微妙な距離を保っている。 触れ合うか触れ合わないか、絶妙な距離感だ。 互いに判った、どちらも本当はぴったりと寄り添いたいのに、それを我慢しているのだと。 それがまた支倉を刺激した、これがもし他の生徒だったら、もっと馴れ馴れしくベタベタしてくるだろうと想像できた。でも結依は弁え、一歩下がったところにいる、そんな控えめなところが支倉の男としての気持ちを奮い立たせた。 妻にはやらない事をしていた、乗り込む時に手や腰を支えてしまう、他の男に触れそうになると無意識のうちに、間に手や体を割り込ませた。 そんな支倉に信頼を置くかのように結依は静かに従う、そのくせ見るもの聞くものに目を輝かせる姿が妙に子供っぽくて、支倉は時間を追うごとにますます結依のことしか見れなくなっていた。
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