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しばらくして夏休みに入り、部活のため学校へ来ると、校門前に支倉がいるのが見えた。
運動部は毎日のように部活はある、支倉もその為に来たのだろう。ちょうど登校してきたところらしい、部活のためとは言え、スーツ姿だった。
(あ)
姿を見て、心が躍る。
だが、それもすぐにしぼんだ。
支倉の傍らに女がいた、背の高い美しい女性だ。その女の腕には赤ん坊がいた。
妻と生後十ヶ月の支倉の子だった。
支倉は妻の腕の中の子にキスをした、そして妻の髪を撫で、手を振って別れた。
(……既婚者だったんだ……)
支倉のクラスでは、自己紹介で聞かれ答えていたが、結依の耳にまで入っては来なかった。
結依も自覚していない恋が、終わった瞬間だった。
美術室で、胸像のスケッチをしていた。
十五人いる美術部員も、夏休みとなれば参加者は六人だ。
胸像を横から見る位置でのスケッチ、鉛筆を走らせる手が度々止まってしまう。
脳裏に支倉の姿が浮かんでは消える。少年のような笑顔の横顔、校内で見かける時には女生徒達が群がっていた、部活で見せるジャージ姿は活発な様子が想像できて格好いいと思った。
そして、今日、夫の、父の、顔を見た。
幸せそうな姿だった。あんな顔で家族に接しているのかと思うと胸が痛かった。
もっと言えば、あの女性と手を繋いだり、キスをしたり──子供を作る行為も……!
初めて感じる嫉妬だった、嫉妬とも判らずいるが、それは間違いなく嫉妬だった。
(先生……)
そばに置きたい──そんな気持ちから、スケッチブックを手にしていた。
周囲の視線を気にして。
結依はイーゼルに立てかけたキャンバスに隠れるようにして、それを置いた。
一心不乱に描き始めた横顔は、記憶に残る支倉だった。
薔薇を描いていた様子を覗き込んだ時の、支倉の綺麗な横顔。
手の届かない人だとしても、心には刻んでおきたい、せめて、気持ちを寄り添えるものが欲しい……。
思いの限りを詰め込んで、結依は短時間でその絵を描き上げた。
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