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十月、美術部員は翌月にある文化祭に向けて準備をしていた。
まずは校内に飾り付ける看板類の作成から入る。
第◯回横華祭、と言う立て看板や横断幕を何枚も作成する。
それから、各自の作品に取り掛かる。
最低二枚出品だ。
結依は書き溜めたものはあるが、改めて花の絵を描こうと思った。
花や果物は模型が用意されている。
美術部にあるものを寄せ集めた、目に留まったのはシャクヤクだった。
(──いち輪)
いくつか揃えたが、一本、咲きかけを模した造花を抜き取る。
(これは私。ひとりぼっちの、まだ咲かない私)
画面の下方に鉛筆で描き始めた。構図が気に入らず、何度も書き直す。
次に色を考える。造花は濃い赤だが、あまり入れないようにした。代わりに背景に淡いグレーを足して花を浮き立たせる。
陽が傾き始めたのは判った、さすがに色が見えにくくなっていた。
教室の明かりをつけて、なおも続けた。
どれほどの時間が過ぎたのか。
「やっぱり君か」
声に心臓が跳ね上がった。
ギリギリと音がしそうだった、ゆっくりと振り返ると、引き戸を開けた姿勢で支倉が立っていた。
「君も好きだな。時間を忘れるほど熱中してるのか」
「え、あ……!」
この時期の部活は五時半に終わる事になっている、外はもう真っ暗だった。
中へ入った支倉は結依の傍らに立ってキャンバスを見た。
「また花か、好きなのか?」
「いえ……学校で描けるのはこれくらいで……」
結依はぎこちなく手が動くのを意識しながら、キャンバスに集中した。でなければ心臓が口から飛び出しそうだった。
「写生も好きです、外で海や野原を描いたり……」
「人は?」
「人も……」
「じゃあ、今度俺を描いてよ」
何気なく言われた一言に、結依は絵筆を落としそうになった。
「え……っ!」
「かっこよく描いてよね、十歳くらいは若く見えるようにさ」
嬉しそうに言って支倉は結依と視線を合わせようとそちらを見た。
真っ赤になって俯く少女がいた。
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