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支倉は、見た目の通り女性には事欠かない。
恋人が途切れたことがない、とまでは言わないが、告白された回数だけで言えば両手両足の指の数より多い。
だから、結依の反応の意味だって判る、結依は自分に好意を持ってくれていると。
「──と、ごめん。忙しいのに関係ない絵なんか描いてられないよな」
結依は曖昧に頷いた、支倉と目も合わせない。
「もう遅いから、続きは明日にしてもう片付けなさい」
結依の返事は小さかった。
支倉には判る、これ以上この少女に関わってはいけない、支倉は背を向けようとした。
「あの」
結依の小さな声に引き止められた。
「ん?」
「あの……私、今日、誕生日なんです……!」
視線を合わせた、真っ赤な顔で瞳を潤ませて、きっと相当な勇気を持っての発言だろうと想像できた。
十月二十五日の今日が誕生日だと言うが、嘘か本当かは、判らない、それでも。
「そうか……おめでとう」
素直に言うと、結依の顔がぱあっと明るくなった。
支倉は心臓を鷲掴みにされた気がした、自分のたった一言に、当たり前の一言に、こんなにも無垢な感情を表すのかと──ふと芽生えた感情の名前を知っているが、敢えて無視した。
「──やっと、17歳か……若いな」
どうでもいい話題ですり替えた。
「え、もう17、です」
結依はまだこの先に長い人生がある事など知らない。
支倉だってまだ人生の半分も過ぎてはいないだろう、それでも過ぎてしまえば十代がどれ程の夢と希望と自由に溢れていた日々だったか判る。
「まあそんな事、君達に語っても判らないだろうな」
心の内のほんの少し漏らすと、結依はきょとんとした様子で支倉を見ていた、それがなんとも無防備で。
支倉は結依の頭や頬を撫でたい衝動に駆られた、それは犬猫を愛玩する感覚に近い。しかしそんな事を目の前の少女にできるはずもない。
自分の一言で、感極まるような子に。
「いや、いいよ、なんでもない。誕生日なら早く帰りな、家の人も待ってるだろう?」
「あ、はい……!」
結依は慌てて片付け始めた、慌て過ぎてイーゼルの足に自身の足をぶつけた。
「あ」
「だめ……!」
二人の声は重なった。
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