2.三丁目金左衛門

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「今、猪熊さんの事務所へお祝いに行ってきました」 「あ、それはよかった。私もオープンの翌日行ってきたんだ」 「猪熊さん、そのうちに買占めをやるようなことを仰っていました」 「うん、彼のことだからきっと大きなことをやるだろうけど、買い占め、乗っ取りにはいろいろな手法があって、相当なリスクも覚悟しなくちゃならないんだ、うまく行くといいんだが」 「兜町の風雲児に、なるかもしれませんね」 「ところで、君に教えたいニュースがあってね」 「どんなニュースですか?」 「うん、パルプの会社で、業績が急回復しつつある企業があるらしい。どの会社が良くなるかはわからないんだが、それは株価を見ていれば、わかるだろう」 「相場は相場に聞け、ですね」  「その通り。調査マンは表面的なことしかわからないんだが、業績が好転してくると、その会社の経営者が自社株をまっさきに買いはじめる、それも内密にね。それが社員にひろがり、関係会社の順に買いはじめる。そこまで広がると、どうやら業績が急激に良くなるだろうことが、我々の耳にも入ってくる。調査部が情報をつかむと、株式部、投資信託が動きだす。それをみて業界紙の関係者が買い、そのあとに新聞に書きたてる。それを見て素人がわっと買いにでる。そこへ、今までに買っていた人々がどっと売りにでて、相場は終わる、というわけだ」 「ああ、庶民はいつも天井を掴まされる、という構図になっているのですね」 「いつの場合もそうだとは言いきれないが、今なら間に合うかもしれない。中小型のパルプ株の値動きを、罫線につけてみることだな。真っ先に上げ始めたものがいいだろう」 「さっそく調べてみます」 「食事に誘いたいんだが、今日は過去一カ月間の新聞の株価をしらべて、罫線に描いてみたいので、失礼するよ。ところで、君の家でも新聞は一ヶ月分を保存してあるだろうね?」 「はい、風丘さんのお教えの通りに、保存してあります。私も、すぐ帰って作業に取りかかります」 二人は喫茶店をでると別れた。パルプ株はほとんど注意を払っていなかったので、風丘の親切に感謝しながら、深夜までかかって、注目株を一つだけ浮かび上がらせることができた。それは雪国パルプという名で、一部に上場されながら、ほとんど注目を浴びたことのない企業であった。
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