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4.当たり屋
老人はまた翌日から連絡がつかなくなった、現物と信用で合計百八十万株もの買い物をしておいて、何かあったらどうするのだろう、と凜子は不安になった。たとえば、アメリカの大統領暗殺とか、大企業、とくに金融機関の破綻などの大事件がおきた場合など、信用取引の買い残高が多い場合、雪パルのように二桁の低位から急激にあげてきた株は、また二桁にまで叩きこまれる危険性を孕んでいる。
仮に五十円下げたら、現物の売却代金が六千万円、信用損が五千万円で、差し引き一千万円しかのこらない。それでも売れればいいが、ヤリ気配のまま雪パルが百円を割って、九十円、八十円と気配をさげてゆく場合は、追証を入れなくてはならない。連絡がつかない、では担当者失格である。追証が入らない場合は、ヤリ気配から値がついたところで、何が何でも売却しなくてはならない。それが、七十円でも六十円でも強制的に売らされてしまうのである。かりに信用損が八千万円で、現物の売却代金が五千万円なら、差額の三千万円を自分が背負い込まねばならない。
それが、独立事業主であるコミッションセールスの宿命である。社員営業マンの場合は、処罰はうけるものの、一応は会社がうけてくれる。会社はその顧客を訴えてでも、家屋敷を売却させてとり返そうとする。しかし、凜子の場合は一人で戦わねばならない。相手に財産がなく、逃げられてしまうケースもあるらしい、と凜子もきいて承知していた。手数料収入の四割をもらい、ノルマもなく、出勤簿もない、はたから見ればこんなに良い商売はない、といわれる立場である。三丁目老人のほかに、十数人の客で現物を五十万株、信用で百万株を買っているから、老人の分とあわせると三百三十万株を今月だけで買っている。
.一株の手数料は値段によって違うが、大ざっぱに二円としても、手数料収入は六百六十万円になり、その四割はざっと二百六十万円をこす計算である。二十六歳の女性で、これほどかせぎの良い商売は、水商売のトップ以外にそうざらにある訳もないが、それだけにやりすぎの危険性は大きい。他の客は何回もかよって、自宅や、商店、工場なども承知しているし、家族や従業員たちとも面識がある。しかし、三丁目老人だけは自宅に一度も行ってはいない。自宅の住所に報告書は送っているが、「自宅にはくるな」と念を押されているし、家族もいないらしい。
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