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「値幅をとれる時は、ガッチリ取っておかないと、やりそこなった時にすばやい投げ踏みができない。山興の営業マンは手数料稼ぎを上役にせかされるから、利がのるとすぐに利食いをしてしまう。そのために、相場が曲がった時に信用取引の損切りを思いきってできない。それで、何ヶ月もねばって損害を大きくしてしまう」
ふだん物静かな風丘がめずらしく多弁だった。
「そうですね、私もそれを沢山見てきました。コミッションセールスは、その点自由が利きますので幸せです」
凜子はつくづくそう思う。そのかわり失敗が続いたときは、客の罵声をひとりで浴びなくてはならないだろう。しかし、その言葉はビールと共に飲みこんだ。つらい時は風丘さんに慰めてもらおう、と凜子は心の中でひとり決めていた。
「ところで、奥様の具合はいかがですか?」
「うむ、医者の話ではあと二ヶ月はもたないだろう、ということだった。痛みがあまりないことが不幸中の幸いなんだ」
「最後まで痛まないといいですね」
「最近は自分の寿命を感づいているらしく、明るい目をするようになって来たんだ。それを見ると、いじらしくてね」
「天国と来世を、信じていらっしゃるのかしら?」
「宗教には関係ないんだが、臨死体験と生まれ変わりの本を読みたがったので、何冊か買いあたえてから、明るくなったな」
「それは良かったですね。私も読んでみようかしら」
「人生は明日のことがわからないから、人はみな宗教にたよるのだけど、仏教もキリスト教も、仏陀とキリストの教えからどんどん離れてしまって、ひどい堕落をしてしまっているから、書物をえらんで自分で研究しなくてはならない時代になってしまった」
「私もそう思います。無宗教を誇りにすることが、インテリ層の生き方になってしまっていますものね」
「堅い話になってしまってすまん。相場で疲れている君の肩を,もみほぐしてやろうと思って誘ったのに、すまなかった。ところで雪パルの相場は、どの程度を予想しているの?」
「業績の急回復はすごいと思いますが、業種的に利益率がたかい方ではないので、株価もある程度限度があると思います」
「その通りだ。カラ売りが沢山入って仕手株になれば別だが、今のところはそういう兆候は見られないから、深追いは考えない方がいいだろうね」
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