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5.ファンドマネジャー
「ファンドですか?」
「うむ、一口百万円で客から募集するんだ。すなわち、一切を任せてもらうんだ」
「そんなこと、私にはとてもできません」
「いや、できるよ、今がチャンスだ。ケチな客は,儲かった分だけしか出さないかもしれんが、それでもいい。そのかわり、客の注文は一切受けないことにするんだ」
「客注を受けないって、ご自分で相場をやりたい方のご注文も、お断りするんですか?」
「そういう客は、よその店でやってもらうんだ」
「そんなこと、私にはとても言えません。思い上がっているようで、それは無理ですよ」
「なにを生意気な、と言われるのが怖いんだろうが、結局客のためになるんだ。わしの金は何口買えるか、計算もしていないが全部ファンドに入れて、端数がでたら、君のお小遣いにしておくれ」
老人は、それだけを言うと帰っていった。凜子は茫然として、そのうしろ姿を見送った。三丁目の資金は、現物が一億六千万円、信用の益金がざっと五千万円で、合計約二億一千万円になる。それをすべて一任勘定で動かしてよい、というのだ。うれしい、という気持ちは湧かなかった。
肩の荷をやっとおろした日に、あらためて二倍の重荷を、背負わされたような気持であった。その夜、凜子は風丘と食事をしていた。
「それは素晴らしい話だ。このチャンスにファンドを作ることだ、私は賛成だな」
「でも私には、とても自信が持てそうもありません」
「最初から自信のある人など、一人もいないさ。大企業の経営者たちだって投資信託を設定した時は、はじめは怖々だったはずだ。君はファンドマネジャーとして、大物になれるかもしれないな」
「私はセールスを始めてから、まだ一年半でしかないのです。こんな駆け出しが、ファンドなんか、やれる筈もありません」
「十年やっても、二十年やっても、ダメな人はダメなんだ。たとえば、相場を語るときに理論をもちだす人、ナンピン買い下がる、売り上がる人、欲ばりな人、公私の区別がつかない人など、これらの人は、何年たっても相場には向かないものだ」
「そう思います。理論を振りかざす人は、評論家向きですね。ナンピンは、株が下がるときは底なし沼のこともあるし、上がる時は天井知らずのこともあるものだ、と思います」
「夏目漱石じゃないけれど、相場の流れに逆らって竿をさせば流される。相場は人智より叡智だ、と思うんだ」
「そう思います」
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