6.仕手相場

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6.仕手相場

一週間後の役員会で、ファンドが正式に承認された。凜子の成績がよいので、他の会社に移籍されることを恐れた会社側の苦渋の選択であった。証券事故を恐れる会社側は、客の一人一人との契約書を入念に作成して彼女にわたした。凜子は毎週土曜の午後に、商いの報告と市況の説明を行うために、地下の食堂に客をあつめることにした。客は全員、約三倍にふくらんだ元金で何口かの加入申し込みをした。三丁目金左衛門の二百口を筆頭に、一番小さい客では三口の加入で、ファンドは三億円弱の資金でスタートすることになった。客をあつめた食堂でのささやかな発会式で、凜子は簡単な説明をした。 「皆様のお力で出来上がったこのファンドは、『島ファンド』と命名させていただきました。元本十億円を目ざして、努力して参る所存ですが、皆様にはぜひお許し願いたいことがあります。それは、仕掛けて一週間以内に投げ・踏みを行う場合があることです。通常私が仕掛けるのは、相場が動きはじめてからですが、前をむいて走りだした車が止まったと思ったら、突然バックし始めるというようなことが、相場にはいくらでもあり得ることだからです。そういう場合、理由をたしかめる余裕なしに、即、投げ・踏みをいたします。そうすれば、傷が浅くてすみますし、次のチャンスを探すことが可能になるからです。 ほとんどの銘柄が、なぜこのような動きをするのか、相当程度後にならないと理由がわからないものです。要するに相場というものは、いつも手探りでスタートするわけです。そこで失敗したと気づいても、今までは、お客様とご相談の上でなくてはならず、少しでも御損を少なくしたい、と考えているうちにチャンスをのがして、怪我を拡大してしまうことがありました。こういった失敗をくり返さないために、ファンドを設立したわけです。毎週土曜日の午後二時にここでご報告いたしますが、投げ・踏みが連続することがありますし、相場が動かない時は、商いを二、三ヶ月お休みすることもあり得るもの、とご理解を賜りたいと存じます」 このあと質疑応答があって、約一時間で閉会した。いつもの喫茶店で風丘が待っていてくれた。 「ファンドのスタート、おめでとう」 風丘が暖かい笑顔とともに迎えてくれた。
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