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遠慮がちに話しかける彼女を見ておどろく様子もなく、となりの座席を勧めた。
「私、営業マンになりたいんですが、どうしたらいいでしょうか?」
風丘は顔をあげて、凛子の顔をじっと見つめて言った。
「あ、君ならやれると思うけど、会社がそれを許すかな・・・。ものはためし、支店長に相談してみたらどうかな。今まで女性の営業マンは例がないから、おそらく無理だと思うけど。それで、断られたらどうする?」
「系列会社でもむりでしょうか?」
「兜町には中小証券は何十社もあるけど、女性の営業マンを採用している会社は、一軒もないと思うけど」
「やはり無理ですか?」
「どうしてもやりたければ、中小証券でコミッションセールスをやる手はあるけど、これは給料もボーナスも退職金もない代わりに、売り上げの四十パーセントをもらえる仕組みになっているんだ。しかし、お父さんは、あ、亡くなったんだったね、お母さんは納得するだろうか?」
「母を説得するのは、骨が折れると思うんですが」
「結婚適齢期だからな、まあしかし、やりたいことはやるべきだと思うよ」
「わかりました、よく考えてみます。お忙しいところを有難うございました」
二週間後、凛子は支店長室によばれた。閑散とした相場がつづく証券会社の店頭は、相場を映してか、客は二、三人しかおらず、営業マンは全員出はらって、営業代理の畠山がひとり、黒板を退屈そうに眺めていた。凛子は同僚の営業補助の洋子とひかるにそっと声をかけると、三階の支店長室に行くべく、階段をしずかに上って行った。支店長の植山は凜子をみとめると、太い黒縁のメガネ越しに、するどい視線をむけた。
「あ、島君か、まあ座りたまえ」
と云って、応接セットを指し示して、自らも席をたった。ソファに腰を下ろすなり、植山は
「君の営業マン志望の気持ちは、変わらないかね?」
と、切りだした。
「はい、変わりません」
凜子は植山の目を正面からみつめて、はっきりした声で答えた。
「うむ、じつは、総務部長の酒井さんにたのんで、役員会に提案してもらったのだが、残念ながら前例がないものだから、否決されてしまったんだよ」
「そうですか」
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