6.仕手相場

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「うん、ガンの新薬では大した相場にはならなかったが、今度はひょっとすると、大きな相場になるよ」 「今、売り方が攻勢を掛けてきていますが、崩れそうで崩れませんね」 「山仙商事の大将が、売り本尊なのだろう?」 「そういう噂です」 「山神仙三郎って奴は、腕ずくで相場を崩すことが生きがいなのだが、東洋火薬という会社はふしぎな会社でね、利益はあんまり出ていないんだが、昔からなにかをやらかす会社だというんで、兜町では信者が多いんだ」 「それで、四百円台を保っているんですか?」 「どこかの大証券が、山仙に踏ませてやろうと考えればおもしろいのだが、まだどこも手を出してこないようだね」 「今のところ大手の手口はなくて、中小の、それも小口の買いばかりです」 「山仙は、すでに三百万株は売っている筈なんだが」 「カラ売り残高五百万株のうちの三百万株ですか、さらに売れば、逆日歩がつきますね?」 「逆日歩なんか怖がるような代物じゃない。しかし、東洋火薬の怖さを知らないわけじゃない。昔、大火傷をしたことがあるんだ。懲りない奴だな、アハハ・・・」 「山仙商事の出方しだいでは、大きな相場になる可能性がありますね」 「うん、あり得る。奴さん、あとどれだけ売る気なのか、もう少し様子を見ていようかね」 「はい、仕手株は動きだしてからでも、動きが大きいから間に合いますものね」 一週間後、東洋火薬はまだ四百四十円から五十円近辺でのもみ合いを続けていた。罫線を見なければわからない程度のわずかな幅で、下値を切りあげている。カラ売りとカラ買いの残高は六百万株前後で拮抗していた。三丁目老人は毎日店頭に顔をみせていた。じっと黒板を見つめ、短波放送に耳をかたむけ、ひとりうなずいていた。相変わらず、凜子は電話が多かった。ファンドにしてからは客からの電話はずっと少なくなったが、山興の社員たちは相もかわらず気ままに電話をかけてきた。そのため老人と話をする時間がなく、前場が引けるとやっと老人の傍に座ることができた。
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