6.仕手相場

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「東洋火薬は、出来高がふえてきたな。そろそろ動きだす時が、きたような気がするよ」 「いよいよ煮詰まってきましたね。後場から買いにでましょうか?」 「うん、十万株くらいなら、失敗してもすぐ投げられるだろう」 「出来高が、前場は四百八十万株でしたから、十万株くらいなら大丈夫だと思います」 「こういう仕手株は、上がるものと決めてかかるのは危険だからね。山仙は、相場の出端を思いきりたたくようなことをやることがあるから、そういう時は、一度手をひいて静観することだ」 「わかりました。心してかかります」 後場は、前引けと同値の四百五十五円ではじまった。しばらくもみあった後、二時半ころから動意をみせ、四百五十九円、六十円と動きはじめた。黒板を睨んでいた凜子がすばやく赤の買い伝票にかきこむと、株式課長にむかって低いがはっきりした声で 「東洋火薬、十万株成り行きで買う!」 と叫んで、同時に伝票をわたした。伝票にはSファンドと記されていた。課長は 「東洋火薬成り行きで十万株買う」 と、場電で復唱するように叫んだ。株式部長が身をのりだすようにして、伝票を見た。課長の四百六十円で買えたという報告をきいて、凜子はだまって肯いた。おなじく場電のレシーバーを耳にあてている若手が叫んだ。 「東洋火薬四百六十五円出来!」 営業場全体に聞こえるような大きな声であった。凜子はゆっくりした足取りで老人のそばへ寄った。 「四百六十円で十万株買えました」 「そうかい」 と云ったきり、老人はだまって黒板を見つめていた。大引けは四百六十五円であった。 「山仙銘柄でなきゃあ、大引けでさらに十万株を買いのせるべきなんだが。あいつはどうでてくるか、明日がおもしろそうだな」 それだけ言うと、老人は帰っていった。凜子は、東洋火薬の出来高を知りたくて株式部にちかづくと、株式部長が声をかけた。 「島ファンドの初商いだね」 「はい」 「この株は一昔前に暴れたことがあってね、君がまだ女学生のころだったと思うが。おもしろい動きをする株だよ」 「そうですか、仕手株に手をだした以上、投げるときは投げますから、ご心配なく」 「そうか、その心構えがあるなら、安心だ」
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