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「東洋火薬は、出来高がふえてきたな。そろそろ動きだす時が、きたような気がするよ」
「いよいよ煮詰まってきましたね。後場から買いにでましょうか?」
「うん、十万株くらいなら、失敗してもすぐ投げられるだろう」
「出来高が、前場は四百八十万株でしたから、十万株くらいなら大丈夫だと思います」
「こういう仕手株は、上がるものと決めてかかるのは危険だからね。山仙は、相場の出端を思いきりたたくようなことをやることがあるから、そういう時は、一度手をひいて静観することだ」
「わかりました。心してかかります」
後場は、前引けと同値の四百五十五円ではじまった。しばらくもみあった後、二時半ころから動意をみせ、四百五十九円、六十円と動きはじめた。黒板を睨んでいた凜子がすばやく赤の買い伝票にかきこむと、株式課長にむかって低いがはっきりした声で
「東洋火薬、十万株成り行きで買う!」
と叫んで、同時に伝票をわたした。伝票にはSファンドと記されていた。課長は
「東洋火薬成り行きで十万株買う」
と、場電で復唱するように叫んだ。株式部長が身をのりだすようにして、伝票を見た。課長の四百六十円で買えたという報告をきいて、凜子はだまって肯いた。おなじく場電のレシーバーを耳にあてている若手が叫んだ。
「東洋火薬四百六十五円出来!」
営業場全体に聞こえるような大きな声であった。凜子はゆっくりした足取りで老人のそばへ寄った。
「四百六十円で十万株買えました」
「そうかい」
と云ったきり、老人はだまって黒板を見つめていた。大引けは四百六十五円であった。
「山仙銘柄でなきゃあ、大引けでさらに十万株を買いのせるべきなんだが。あいつはどうでてくるか、明日がおもしろそうだな」
それだけ言うと、老人は帰っていった。凜子は、東洋火薬の出来高を知りたくて株式部にちかづくと、株式部長が声をかけた。
「島ファンドの初商いだね」
「はい」
「この株は一昔前に暴れたことがあってね、君がまだ女学生のころだったと思うが。おもしろい動きをする株だよ」
「そうですか、仕手株に手をだした以上、投げるときは投げますから、ご心配なく」
「そうか、その心構えがあるなら、安心だ」
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