8.シマリンファンド

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二時半をまわると、再び八百一円をつけた。凜子は青のウリ伝票を一枚にぎりしめて株式部の前に立った。大引け十分前になった。株価は音もなく八百円をつけると、あとは決められた路線をすべり降りるように、七百九十九円、九十八円としずかに大台を割りこんだ。 「東洋火薬、成り行きで三十万株売ってください!」 凜子が叫ぶと同時に、株式部長が横から口をはさんだ。 「島君、ちょっと待った。君、現物も信用も、全部売ったんじゃなかったかな?」 「はい、これは新規売りです」 「君は、東洋火薬をカラ売りする気かね?」 株式部長は目を剥いた。 「はい、山仙が踏んだようなので、相場は終わった、と見たものですから」 「大丈夫かね、山仙の二の舞にならないようにして下さいよ」 「この後、八百十円買い、ときたらすぐ踏みます」 「ふむ、それならいいだろう」 そのやり取りをみていた株式課長が 「注文を通していいんですね?」 と声をかけ、株式部長がうなずくと、注文を場電で通した。三十万株の新規売りは、七百九十五円で売れた。大引けは七百九十円の安値引けであった。出来高は、八千万株を越していた。売り方のやれやれの買い戻しと、高値掴みの投げもので近来にない大商いだった。翌日から、商い高は次第に減少して行き、株価はじりじりと下げつづけた。七百五十円を割ったところで、凜子は三十万株を売りのせた。一週間後、株価は七百円を割り込んだ。そこで、彼女は四十万株を売りのせた。 「どれだけ売るつもりかね?」 株式部長が、不安げな表情でたずねた。 「丁度百万株になりましたので、これでお仕舞いにする予定です」 翌週、六百二十九円の安値を見て、彼女は百万株を買い戻した。三丁目老人は手放しでほめた。 「八百八十円から二百五十円下げたんだから、ここらでもみ合いに入るところさ。何ケ月後かには、四百円くらいまで下げているだろうけどね。それにしても、凜子ちゃんはとうとう宮本武蔵になったな、たいしたもんだ。山仙に見習わせたいものだな」
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