8.シマリンファンド

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「私は、三丁目さんのアドバイスに従っただけです。本当にありがとうございました」 凜子は深々と頭を下げた。そこへ、業界紙の記者がカメラマンを連れて現れた。戸惑う凜子を、無理にソファにすわらせると、隣の老人を無視して、インタビューを始めた。その間、カメラマンは何枚かの写真をとった。気がつくと、老人はいつの間にか消えていた。翌日の新聞に写真つきで「美人相場師島凜子」というタイトルで記事がのった。島ファンドのPRも大々的であった。シマリンファンドという名が兜町での通り名である、とも書かれていた。 「ファンドは、これ以上大きくしたくないものですから、どうか書かないで下さい」 と、凜子は記者に頼んだが、結果は聞きいれてもらえなかった。そのため翌日は、電話での問い合わせが何十本もかかってきて、応接に汗だくの有様であった。結局、全員断って一人もファンドに入れなかった。毎週土曜日のファンドの集いには、三丁目老人は一度も出席しなかった。通常通り、凜子が市況説明をした後、懇談会に入ると、会員の中から意見が出された。 「島さんに、利益の十パーセントとか二十パーセントとかの、報酬をだす案を提案したい」 十人弱の出席者はみな賛成したが、凜子は謝絶した。 「私はコミッションセールスとして、手数料収入の四割をいただいております。病気やけがの際の保証も、退職金もありませんが、おかげさまで最近の数カ月間は、充分すぎるほどの収入をいただいております。これは私の分にあまる収入ですが、これもひとえに皆様のご支援の賜物、と感謝いたしております。今回のファンドの利益は、これから起こらないとは断言できない損失にそなえて、一定額を割引債券を買って、皆様の共通の財産にし、残りを償還するなり、口数をふやすなりするよう、ご提案をいたします」 この案は、全員の賛成で可決された。 「それでは、償還を希望される方は恐縮ですが、一週間以内にお申し出くださるよう、お願いいたします」 一週間たったが、償還希望者は一人も現れなかったので、割引債券を二億五千万円分買って、残金とともに元本に組入れた。ファンドの元本は六億数千万円になった。ある日、猪熊経済研究所から電話がかかってきた。
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