9.買い占め

2/4

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
さまざまな手をつかって株価を操縦するのだろうと思った。一つの企業を買収するのに、半年から一年くらいを要するものだ、とも聞いていたから凜子の疑念は薄らいだ。株価は六日目に、二百六十円台にのせてきた。凜子はすかさず二十万株を買った。翌日は二百七十円台に乗せてきたので、さらに二十万株を買いのせた。普通は、こういう買い方はしないのであるが、「買い占め」が頭の中いっぱいに広がっていたせいもあった。 二百八十円カイと来た時に、さらに二十万株を買い乗せて、合計六十万株になった。後は三百円台にのせてから、と自分に言いきかせた。しかし、株価は二百八十八円をピークに、じりじりと下げはじめた。二百七十円まで下がってきたときに、凜子は投げようと決心した。今なら平均買値だから、ほんのわずかな損で済む。そう考えているときに、猪熊から電話が入った。 「ちょっと心配だろうけど、ここは踏ん張りどころだと思う。親会社はあと十パーセントは市場から買いあつめて、それからT〇Bをかける腹らしいんだ。T〇Bは、少なくとも三百五十円以上になると思われるんで、押し目は拾っておくところだと思う」 凜子は納得して、投げることをやめた。しかし、押し目を買うナンピン買い下がりという手法は、今までやったことがないので戸惑いがあった。優良株でも業績が悪化するときは、その会社の関係者がひそかに株を売却することがあり、調査部がつかんだときは、すでに株価が大幅に下がってしまっている、という事態がある。経済紙にその記事が出ると、とどめを刺すように売り物がどっと出ることを、凜子は経験していたから、買い下がるということは決してすまいと心に誓っていた。だが、この場合はちがう。業績や材料を買うのではない。あくまでも株集めなのだから、所期の目的とした株数を集めるまでは、粘りづよく買いつづけるだろう。 凜子は自分にいいきかせて、動かなかった。株価は、二百五十円台まで下がって、再びもみあいに入った。しばらくは見守るだけ、と静観をきめ込んで風丘にも相談しなかった。三丁目老人も依然として姿をみせなかった。株価はもみあいから、ついに二百五十円を割り込んできた。相変わらず出来高は多く、市場のトップを占めていたが、株価はじりじり下げて、二百四十円から三十円台に入って来た。その時、猪熊から電話が入った。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加