9.買い占め

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「心配だろうけど、ここは買い場だと思ってうちの大手客にも買わせているんだ。買い占めを信じない向きの、カラ売りも二百万株ばかりだけど、入ってきたしね」 「仕手戦になるんでしょうか?」 「さあどうかな。山仙でも売ってくるなら面白いけどね。ところで、君の方の六十万株は現物なんだろう?」 「ええ、そうです」 「じゃ、まだ買い余力は十分あるわけだ」 「でも、お客さんと納得ずくならいいのですが、ファンドは一任勘定ですから、あくまでも結果しか見てもらえないんで、かえって厳しいんですよ。二百円とび台まで下げたら、投げざるを得ません。なんといっても、日証金の信用の買い残高が一千万株近いのですから、その点はご理解ねがえませんか」 「うむ、君のくるしい胸の内はわかるよ。うちを含めた経済三社で、与えられた株数をより効率的に買っているつもりなんだが、なにせ売り物が多くてね、どこから出てくるのか不思議なんだ」 猪熊にしては、珍しく弱気な一面をみせた。なぜだろう。買い占めと聞けば、売ることを手控えて上がり切るまで待とうとするのが、市場心理ではないだろうか。最悪の想像をするなら、親会社が手持ち株を売りたくて、ここまで株価を吊り上げてきた、と見ることもできるかもしれない。しかし、この兜町全体をだまして、売り抜けるなどということが、現実にあり得るだろうか。 一部上場の歴史ある船会社が、詐欺まがいの手口で経済三社をだまして、買わせた分の二倍の株を売る、などということをやるだろうか。証券会社をだました場合は、後々の増資や社債の発行で、自らの首をしめることになるが、街の経済研究所なら何ら実害はない。そこまで考えた凜子は、猪熊経済をたずねた。 「それは凜子ちゃん、考えすぎだよ。大もとの船会社は新興の会社で歴史は浅いけど、財界ではヤリ手で通っているし、現に利益は出していて船会社の中では一番株価が高いんだ」 「ああ、サンライズ汽船ですか、ここ数年来でのびてきた会社ですね」 「勘がいいんだね。実をいうと、そうなんだ。他の船会社がすべて無配の中で、唯一配当を出せそうな会社だ」 「税金のかからない国に船籍をおいて、日本の国には税金をおとさない、という話を聞きましたが」 「確かにやることはドライだが・・・、他の船会社が皆ウエットすぎるというか」 「そのドライさが、恐ろしいのじゃありませんか?」
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